第39話 特等席でディナーを



 命のレッドカーペットが敷かれた大通り。


 冒険者達が必死に戦う中、3人はこそこそとレストランへ忍び込む。


 室内は思いの外綺麗であった。まだ開店前だったからか、モンスターに襲われずに済んだようだ。


「誰もいないな。逃げたのか」


「いや、おるぞ?あそこ」


 カリストの指差す場所、中央のカウンターの下を覗き見ると、肩を寄せ合い震える店主と娘がいた。


 2人はカズナ達を見て一瞬恐怖に慄くが、人間であることを確認すると安心に胸を撫で下ろす。


「ぼ、冒険者の方ですかっ?」


 縋り付く父親に、カズナは微笑む。


「今から宴会の予約入れれます?」


「……え?よ、え?」


「今からここで宴会出来る?」


 ラヴィナの翻訳に、2人はキョトン、と顔を合わせる。

 外は未だ恐怖の渦中、そんな中料理を作れと?何を言っているんだこの人達は?


「え、いや、早く避難を」


「出来るのか、出来ないのか、早く答えなさい」


 睨むラヴィナに、父と娘が萎縮してしまう。


 そんな2人に、顎に手を当てたカズナが助け舟を出した。


「……なぁなぁ、もし無料で作ってくれたら、身の安全は保証するぜ?」


「「……?」」


「……いいの?」


「ああ。全然いい」


 ラヴィナは疑問の目を向けるも、別に皆殺しにする必要はないのだ。人間2人くらいどうでもいいか、と納得する。


「もし無料で作ってくれたら、助けてあげる」


「ほ、本当ですか⁉︎」


「ええ」


「分かりました!何を注文なさいますか⁉︎」


「今ある食料で、作れる分だけ」


「か、かなりのお時間と量になりますが」


「いいから、早く行きなさい」


「は、はいっ。行くぞっ」


「う、うんっ」


 厨房に下がった2人を目に、カズナ達3人はテーブルへとつくのだった。


「ど、どうぞ」


 娘が水をテーブルに置く。その手は震えており、波打つ水が今にもコップから零れてしまいそうだ。


「お、お飲み物はどうしますか?」


「飲み物はどうする?」


「ラガー!」


「妾も同じの!」


「ラガーを3つ」


「はいっ」


 すぐさま運ばれてくる木製の大ジョッキに、カズナの目が輝いた。


「異世界のジョッキだ!」


「……何を言っているの?」


 彼は1つ咳払いし、立ち上がる。


「えーそれでは、敵ダンジョン攻略と、ダンジョン創設を記念して、パーティを開きたいと思います。ジョッキをお手に」


 泡を零す3つのジョッキが向かい合う。


「2人共、よくやってくれた!乾杯っ!」


「かんぱーい‼︎」「乾杯」


 並々と注がれた黄金色の液体が溢れると同時に、小気味良い音が店内に響いた。



 ――デカいテーブルにズラリと並んだ食材を、カリストとカズナが貪る様に食べ進めてゆく。


「うめえうめえ!」


「これも美味いぞカズナ!」


「何⁉︎マジだうめえ‼︎」


 分厚いステーキに、爆弾の如きハンバーグ、カラフルなポテトフライに、真っ赤なビーフシチュー、怪鳥の丸焼きに、腕程ある骨つき肉。火山の様なミートソーススパゲティ、具材そのままぶち込み鍋、10段ハンバーガー、グツグツグラタン、旬の謎野菜炒め、

 ありとあらゆる異世界料理が、カズナを虜にする。


 具材は違えど、地球の料理と似ているため、抵抗無く食べられるのがまた嬉しい。


 魚の煮付けを綺麗に食べるラヴィナが、そんな2人に呆れの視線を送った。


「もうちょっと上品に食べられないのかしら?」


「何言ってんだ!ワイルドなもんはワイルドに食ってこそ、真の美味さを引き出せるってもんさ!もぐもぐ。それに日本じゃこんなこと出来なかったからな!気持ちいい!」


 骨つき肉を豪快に噛み千切ったカズナだが、ステーキには当然の様にナイフとフォークを使い、パスタもフォークを使い器用に食べている。


 なるほど使えない訳では無いのか、とラヴィナも彼には納得する一方、やはりもう片方は目も当てられない。


 カリストは骨つき肉を骨ごと噛み砕き、煮え滾るグラタンを掻き込む。

 最後には鍋を両手で引っ掴み、逆に沸騰させながら飲み干してしまった。


 その食べっぷりには、給仕の娘も口を開けポカーン、としてしまっている。


「何だ、いらんのか?」


「……」


 カリストはラヴィナの前にあった魚を鷲掴み、丸ごとバリバリと咀嚼する。


「……な、何じゃその目はっ」


「……」


「まだ食べたかったのか?それは悪かった」


 ラヴィナは戯言を吐く彼女に諦念を抱き、知性の欠片も無い獣を、心底憐れに思うのだった。



 ――大分腹も膨れてきた頃、カズナはようやく窓の外に目を向ける。


 ここからはのんびり食事タイムだ。

 彼は大通りで繰り広げられる冒険者達の激戦を肴に、蜂蜜酒をチビチビと啜った。



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