第38話 絶望
――叫び、逃げ惑う人間達。
鳴り響く緊急事態の鐘の音。
飛び散る血飛沫が、町の色を赤1色で塗り潰してゆく。
突如湧き出した絶望によって、壁の中は一瞬で地獄と化した。
「……何だよ、これ」
南門の上から眼下の景色を見つめる衛兵達は、あまりの凄惨さに絶句する。
大人、子供、老人、冒険者、衛兵、全ての人間が、等しく雑に殺されてゆく。
恐怖と驚愕に思考が止まりかけた、その時、
「サンキュ」
「ええ」
「……え?」
衛兵達の間に、3人の人間が音も無く現れた。
よく見れば、彼らは先刻通した奇怪な3人組ではないか。なぜこんな所に。
「あ、貴方がたは――
そしてその言葉を最後に、南門の付近にいた衛兵は全員、2度と動かぬ氷の彫刻となった。
ラヴィナの転移によって一瞬で門まで来たカズナは、眼下の景色を見ないようその場にしゃがむ。
ダラダラしてたら逃げられてしまう。さっさと終わらせてしまおう。
彼は門に手をつき、ダンジョン化を開始した。
「(範囲は町全体。扉はここだけでいいな。んじゃ、)せい!」
途端、大地が鳴動し、門が形を変え始める。
「ぅおっ」
「掴まりなさい」
3人は外側に飛び降り、その光景を眺める。
黒い幕状の物体が町を覆ってゆき、瞬く間に漆黒の半球が出来上がる。
そうして完成したダンジョンの唯一の出入り口となる場所、彼等の目の前には、10mはある黒曜の門が鎮座していた。
「……壮観だな」
「ええ」
ようやく創った、初めてのダンジョン。これで自分も職なし卒業だ。
「……赤が足りなくないかの?」
「黙りなさい」
自分好みの色でなかったことに不服なカリストを、カズナは笑う。
ダンジョンマスター、それが今の自分だ。
今までの探検は、序章に過ぎない。本当の冒険は、ここから始まるのだ。
そのためには、やるべきことがまだまだある。しかし今は、ただ素直に喜ぼうではないか。
カズナは扉を押し開け、夢のマイホームに足を踏み入れ、
「ぉええええっ!」
惨殺死体を見て盛大に吐いた。
やはりこの嗅覚と視覚を犯す嫌悪感は、どれだけ我慢しようとしても慣れない。
半球によって薄暗くなった町を照らす街灯が、寄りかかるカズナを笑う。
「よしよし」
「よしよし」
そんな彼の背中を、2人が優しくさする。
「胃液の量が減っているわ。良い傾向よ」
「はぁ、はぁ、分析どうも」
エルフの時に殆ど出てしまっただけなのだが、それはまぁいい。
彼はこちらに向けて迫って来る、タイルを叩く音に目を向ける。
音の正体は、出口を見つけた町民達だ。
必死の形相で走って来る彼らに背を向け、扉を閉める。
そして一言。
「……ザラザラ」
瞬間、建築物を薙ぎ倒し、民衆の大群に横から巨体が衝突した。
木も鉄も人間も、砕け潰され木っ端微塵に吹っ飛ぶ。
それら肉片が後に待つのは、十字の口に咀嚼されるだけの未来である。
「あーもう、なるべく物壊すなって!迷宮素で創ってねぇから修復出来ないんだよ!」
「ギチチチチ!」
理解しているのかしていないのか分からないザラザラに、カズナは頭を抱え、溜息を吐く。
「……もういいや。お前ここの扉見張っといてな。誰も外に出すなよ」
「ギチチチチッ」
今回の目的は、迷宮素の収穫とダンジョンのレイアウトだ。
将来的には来る者拒まず、去る者追わずのダンジョンを創るつもりだが、それはまだ早い。
カズナは地面をぺろぺろと舐めるザラザラの鱗を、バシバシと木片で叩き扉の前へと移動させる。
そんな微笑ましい光景を見ながら、ラヴィナはカリストに忠告した。
「貴女の力、ダンジョンすら壊せてしまうのだから、気をつけなさい」
「はっ、あの時は燃えやすかった上に、産まれたてじゃったからよ。本来この隔離空間は、外部の力でどうこう出来るものではないわ」
「産まれたてなのはここも同じよ。それに、貴女は不必要に力を見せびらかすから、充分気をつけて欲しいだけ」
「……なに?」
「何か?」
睨み合う2人を、カズナが呼ぶ。
「何やってんだー?行くぞ2人とも。お前じゃない!ザラザラここ!お座り!」
「ギチチチチっ!」
「何だ、帰るのではないのか?」
「ああ。店で飯食ってこうと思ってな」
カリストが首を傾げる。
「祝勝会まだだったろ。頑張った配下は労わねぇと」
この序盤でダンジョンを落としたのだ。お祭り騒ぎして当然の大金星だ。
カリストの表情が一気に明るくなる。
「おお!ようやくか!そうとなれば早く行くぞ!ラヴィナ!」
「……はぁ、はいはい」
コロコロと気分の変わるカリストに呆れ、ラヴィナは大通りのレストランへと転移するのだった。
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