第4章 Pandemonium

第37話 さぁ、始めようか



 ――カズナはギルドを出た後、街灯に照らされる町をトボトボと歩いていた。


「たはー、落ちちまったよ」


「あの体たらくで、パス出来ると思っていたことに驚きよ」


「ハハっ、……言いすぎじゃね?」


 残念なことに変わりはないが、過ぎてしまった事はしょうがない。


 彼はまたいつか挑戦しよう、と開き直り、目の前に立つ建物を見上げた。


 3人は町の外れにある、古びた教会へと来ていた。


 周りに人影はなく、街灯と月明かりが苔むした教会を幻想的に色付けている。


「……ここでいいか?」


「ええ。あなたが決めた場所なら」


「妾はどこでもいいぞ」


「オッケ。……んじゃ」


 カズナは埃を被った扉に手を当て、1度深く息を吸う。


 そして、



「『階層制作』」



 扉を押し開け、白い空間へと足を踏み入れた。


「……おお」


 彼は校庭程の広さの部屋を見渡し、何もねぇー、とつまらない感想を抱く。


「マジでゼロから創り上げる感じなのね。楽しすぎるでしょ」


 スクリーンに映し出されるレイアウトのラインナップを見て、カズナは目を輝かせる。妄想の濁流が留まるところを知らない。


 そんな彼のトリップを、ラヴィナの発言が止めた。


「……なるほど。確かに効率が良いわね」


「お、ヴィーネ分かった?俺が町のど真ん中にダンジョン創った理由」


「当たり前でしょ?」


 通じ合う様に悪い笑顔を浮かべる2人に、カリストがキレる。


「何じゃ!妾にも教えろ!ズルいぞ!」


「何もズルくないのだけれど、そうね。貴女じゃ分からないだろうから、ちゃんと説明してあげないとね」


「ぬぅッ」


「あら危ない」


 打ち出された炎弾がラヴィナに躱され、出来立てホヤホヤのダンジョン壁にぶち当たり爆発した。


「ちょっと⁉︎何してんの⁉︎ヴィーネも煽らない!カリストも説明するからその火消して!」


「いいだろう」


 なぜか上から目線の彼女が、周りに渦巻く炎を鎮火する。聞き分けだけはいいのだ。聞き分けだけは。


 カズナは真っ白い床に胡座をかき、カリストに説明すると同時に思考を整理する。


「まずだ、ダンジョンを創るには、膨大な迷宮素が必要になる。

 ただ、階層を創るのにはその限りじゃないんだ。俺達が今いる場所は、厳密にはダンジョンじゃなくて、ただの階層なんよ」


「家を作らずに部屋だけ作ったということか」


「そうその通り。

 俺はまずここ、隠れ場所を創った。

 そして次に、町にモンスターを放つ。

 そんで迷宮素を回収する。そうでもしないと足りないんだよね」


 カズナは当初の2/3程貯まっているメーターを指さす。


「妾達はダンジョンマスターを殺したのだぞ?それなりに貯まっている様に見えるが、そんなに必要なのか?」


「ああ。……この町、デカいじゃん?」


 その言葉を聞き、カリストが嬉しそうに手を叩いた。


「貴様、この町丸ごとダンジョンにするつもりか!」


「ご名答!」


「クハハハハっ、面白い!」


「だろ?」


 爆笑するカリストにカズナが続ける。


「初期の課題は、少ない迷宮素でどんなレイアウトを施し、どんなモンスターを配置するかだ。この町巻き込んじまえば、残った迷宮素を全てモンスターに使える。

 入口を見つけられない限り、人間狩り放題の虐殺パーリナイだぜ」


「流石妾の王だ!クハハハハっ」


「……」


 笑い合うカズナを、ラヴィナは尊敬と畏怖の瞳で見つめる。


 彼の精神は、未だそこらの人間より脆弱な物だ。

 しかし偶に見せるその思考は恐ろしく効率的で、合理的。モンスターである自分でさえ、気を抜くと置いていかれそうになる。

 恐らく彼自身、気付いてはいないのだろう。


 だからこそ、



(……私は知りたかった)



 彼の根幹にあるものが何なのか。カズナという存在の在り方を。

 故にこの数時間、彼と一緒に行動し、観察し、自分なりの結論を出した。


 ひとえに、彼は好奇心の化物なのだ。


 他人のことなど眼中にない。

 自分が何をやりたいか、何を成したいか、その一点だけに全力を注ぎ込み、目的のためなら自分すら犠牲にする狂った好奇心。

 己の感情を遂行するために、作戦を合理で武装し、障害物を殺してゆく。


 だがその結果が、ダンジョンマスターとしての利益に繋がるとも限らない。


 冒険者試験がいい例だ。

 あくまで行き着いた結果は、『カズナのやりたかった事』でしかないのだ。


 自分に危険が及ぼうと、そんなこと彼は気にしないだろう。配下からしてみれば頭を抱えたくなる。


 しかしそんな彼が、





 ……私は愛しくて仕方ないのだ。





「ヴィーネ、どんなモンスター召喚して欲しい?」


「……そうね。より効率的に人間を狩れる奴」


「デカくて強いのじゃ!聞いておるかカズナ!デカくて強いのじゃ!」


「ああもう⁉︎デカけりゃ良いってもんじゃねぇんだって!言ったろ!」


 召喚陣を前に喚き合う二人を見て、ラヴィナは楽しそうに微笑んだ。





 ――数分後。


 彼らの前には、500匹は下らないモンスターの大群が命令を待っていた。


 昆虫特有の飛翔音をさせ、空中を忙しなく飛び回る大量の鳥。

 10㎝程の小さな身体に、自在な空中機動を可能にする4枚羽。

 体長の殆どを占める鋭利な嘴は、敵に風穴を空ける高速の矛である。


「ん〜、『弾丸鳥』」


 喜んでいるのかただの反応か、命名と同時に、弾丸鳥が一斉にカチカチと嘴を鳴らす。


 空中から地に視線を向ければ、2種類目。


 4足獣の様な体躯なれど、目も、鼻も、口すらない。

 顔と思しき部分には3つの赤い点が光り、何の器官か分からないその部位から、絶えず低い唸り声が響いている。

 そして背中から生える、特徴的な六本の触手。

 グネグネと動く1本1本が薄い刃の様になっており、触れた物を問答無用で切り飛ばす。


「『触手犬』」


 2百匹の触手犬が、尻尾を振るかの様に触手で風切音を立てた。


 最後、白い空間のど真ん中にとぐろを巻く、全長100mは越すだろう3種類目。


 それ、は鱗を揺らし、砂を噛み潰す様な音を立てながら、大きく鎌首をもたげる。

 全身をびっしりと埋め尽くす、銀色の鋭利な鱗。

 攻と防を一身に纏った巨躯は、動くだけで小規模な災害を振り撒く。


「『ザラザラ』」


「ギチチチチチチチチッッ‼︎」

「ぅおっ、グロ」


 十字に裂けた頭部にズラリと並ぶ剃刀カミソリの様な牙に、カズナがビビる。



 彼はモンスター達を見渡し、1つ咳払いして扉を開け放ち、



「……では、行ってらっしゃい」



 けたたましいお出かけを見送った。




【後書き】

 昨日はすまん。寝てた。

  

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