第34話 屋台


 ギルドを後にした三人は、近場を散歩がてら観光することにした。


 流石冒険者の町と言ったところか、店舗型の武器屋、防具屋、雑貨屋、飯屋から、露店、市場に至るまで、この大通りに異世界が詰まっている。


 先の騒ぎをモンスターの出現かと期待する店主達が、1年の眠りから覚めた看板の埃を談笑しながらはたく光景に、カズナはニマニマと頬を緩める。


「……気色悪いぞ貴様」


「しょうがないだろ。夢にまで見た光景が、目の前にあるんだぞ?」


 きっとこの光景をダンジョンマスターが見たら、皆同じ顔をするだろう。


 カズナは開いている露店に近づき、そこから香る匂いに鼻をひくつかせる。


 網の上でパチパチと油を弾けさせるのは、何かの肉を串に刺して焼いた物だ。

 店主が3人を見て破顔する。


「よぉ兄ちゃんっ、にスゲェ別嬪さんだな!串焼き、1本どうだ?」


「1本くださ、あ」


 カズナは金を払おうとして、この世界の金を持ってないことに気づく。


「……何だ兄ちゃん、金持ってないのか?しゃあねぇなぁ、サービスだ!持ってきな!」


 店主に串焼きを6本渡され、カズナは驚く。


「サービスだそうよ」


「マジかよ、ありがとうございます!」


「お、外国の人だったか。うちの串焼き、贔屓にしてくれよ」


 手を振る店主に別れを言い、3人で肉を頬張る。


 歯を入れた瞬間に迸る肉汁、力を入れずとも噛み切れる柔らかさ、鼻を抜ける香辛料と芳ばしい香り。


「うっま」

「む、美味いな」

「美味ね」


 簡単な調理法からは想像も出来ない、店主のこだわり、工夫、努力が喉を伝わり流れ込む。


 あの親父、只者じゃない。


「てか2人共、飯食うのな」


「娯楽よ。あなただって食べてるじゃない」


「……あぁ、そういやもう、飯食う必要ないのか」


 食とは、人間の叡智の結晶だ。味覚があるとは言え、食べる必要が無くなる、というのは、何だか少し寂しい気もする。

 それとも、それがモンスターになるという事なのだろうか。


 カズナは空を見上げ、最後の肉を引き抜いた。



 ――そうしてゆったりと流れる時の中、1時間程が経ち、空が茜色に染まり出す頃。


 カズナは再びギルドの門を開いた。


「こんちわー」


「あ、来た。バルトさん!試験官お願いできますか?」


「……良いだろう」


 草原で出会った、バスターソードを背負う筋骨隆々の男が立ち上がる。


 その後ろで、アデルの大森林から帰還した冒険者達が目を見開く。


「え、何だよあの2人⁉︎」「すげぇ美人……」「やめとけやめとけ、どっかの貴族って話だ。首飛ぶぞ」「貴族が何で冒険者に?」「たまにいるだろ。社会経験じゃないか?」


 バルトにお辞儀するカズナは、優に2mを超えるその巨躯を戦々恐々と見上げる。

 まさか、これに勝てなどとは言わないよな?そんなもの命が幾つあっても足りないぞ。


「それでは、試験場にご案内しますね」


 シーラに連れられ、カズナは高鳴る心臓と共に拳を握るのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る