第22話 これぞエルフの村!




 瞬間、カズナの目の前に、1人のエルフが転移で現れる。


「――ッ⁉」


 本人も何が起こったのか理解していない。ラヴィナによっていきなり飛ばされたのだ、無理もない。


 カズナは構わず長剣を握り締める。


 エルフもそんな彼を見て、狼狽えながらも腰から剣を引き抜いた。


「……その剣の持ち主はどうした?」


「?悪いな、言葉分かんねぇんだおるぁッ‼」

「――っ」


 初手速攻。カズナはスポーツマンシップに則り、正々堂々と切りかかった。

 そして、


「ぬあ⁉︎」


 簡単に弾かれカウンターを決められた。


 ――卑怯な手で始めたにも関わらず、防戦一方のカズナ。

 正にプロ対素人。見ていてここまで可哀想な試合もまぁない。


 彼がまだ死んでいないのは、攻撃を貰う前にラヴィナが全て弾いているからだ。

 カズナの攻撃など掠りもしない。


 エルフは彼の粗末な剣筋を軽々と捌きながら、余裕が出てきた頭を回転させる。


(この人間、動きはてんでド素人。障壁は、恐らく異形の空間魔法だな。異形はこの人間を守っているのか?なぜ……まぁいい)


 エルフは気付かれないよう、門の上の兵隊長にハンドシグナルで合図を送る。

 次いで頷いた兵隊長が、戦士達に合図を伝達させた。


 ――それから凡そ3分が経過した頃、


「隊長、準備完了です」


「よし」


 エルフの隊員は、約100人の魔力を練り合わせ作り上げられた複合魔法を見て、唾を飲みこんだ。


 巨大な風の槍に、紫電が纏わりつくその威容は、彼が今まで見た中でも最大の魔法であった。

 故に気になる。


「……隊長、本当にこれ程の一撃が必要なのですか?下手すれば門が吹き飛びますよ」


「奴らはシルエ率いる隊を潰してきたんだ。これでも不安が残る」


 実働部隊の隊長、シルエは、この集落でも1番の実力を持っていたのだ。彼らがこの短時間で殺られたとなると、敵の戦闘力は計り知れない。


 それに、と隊長は、ヘロヘロのカズナとそれを眺める異形を睨む。


「……あれは、この世にあってはならないモノだ」


 隊長が手を高く上げると同時に、大槍の矛先が天へと向けられる。


 射出から目標の到達まで、瞬きも要さない神速の一撃。如何にあの異形が魔法に長けているとは言え、躱すのは不可能だ。


 隊長は大きく息を吸い、


「――ッ放てェッ‼︎」


 勢いよく手を振り下ろした。



 ――数秒前。


 ラヴィナの目がピクリと動く。


 彼女はエルフの出したハンドシグナルにも、門の後ろで密かに構築される、大規模な集団魔法の気配にも、当然気づいていた。


 ラヴィナの肌に青筋が走る。


 我が王が必死に戦っていると言うのに、その姿を見下し、あまつさえ横槍を入れようとするとは、愚か。

 愚か極まりない。


 彼らが構築する魔法の稚拙さに、

 王を邪魔するふざけた精神性に、

 彼女は呆れ、目を閉じた。




 ……広範囲にわたる急激な温度の低下により、しんしんと雪が降り始める。


 人の、木々の、息遣い1つ聞こえてこない。


 門の上に並ぶエルフ。

 穂先をこちらに向ける大魔法。

 そして集落の中では、外の様子を心配しながらも、普段の生活を送る住人達。


 それら全てが、氷のオブジェと化していた。



 エルフの集落は、誰にも知られず音もなく、美しき死の芸術と成り果てた。

 

  

 「うぉっ」


 眼前のエルフがいきなり氷漬けになり、カズナは振った剣の勢いそのまま叩き割ってしまう。


 「ハァっ、ハァっ、んぐっ、ハァ、ヴィーネか?フゥー」


 彼は長剣を地面に捨て、大量の汗を流す。


「……先に仕掛けて来たのは奴らです」


「ふぅ、……いや、先に仕掛けたのは俺らだろ」


 カズナはそっぽを向く彼女に苦笑する。……それにしても、


「あーあーどうなってんだこれ?」


 さっきまで目に優しい緑が広がっていたと言うのに、今の一瞬で一面バキバキの氷漬けだ。


「上から見たいな。門の上連れてってくんね?」


「はい」


「っあぶね」


 カズナは一瞬で切り替わった視界にふらつくも、なんとか滑らないように腰を下ろす。


 何だろう、ヴィーネの遠慮が段々と無くなってきていると感じるのは、気のせいだろうか?自分から軽く接しろと言った手前、何も言えないのだが。


 そんな事を考える彼はしかし、眼下を見下ろした瞬間、全てを忘れてその光景に見入ってしまった。


「……すげーな。こりゃ」


 壁に囲まれた範囲の悉くが、銀色に凍り付いている。


 元の生命に溢れた美しさとは真逆の、一切の命を許さない静謐さでもって、集落は飾り付けられていた。


 カズナは集落の中央、天を貫く氷の超巨大樹を見上げ、溜息を吐く。


「……お前は強すぎるし、俺は弱すぎるし、この世界の平均が分からんぞ」


「私の前では等しく塵です」


「くくっ、違いねぇ。……次は村人とでも戦ってみるかな」


 笑い合う2人は、集落の中へと転移するのだった。



 ――2人は集落を散策し、興味本位にエルフの生活文化を見てゆく。


 巨大樹には数軒の家が張り付き、そこから木製の橋で色々な場所に行けるようになっている。如何にもエルフの集落だ。


「いいねーツリーハウス。やっぱエルフはこうでなくちゃ」


「全部凍ってますけどね」


「お前のせいな」


 民家を物色して気づく。どうやらエルフがベジタリアンだというのは嘘らしい。普通に肉が貯蓄されていた。凍っているが。


 ラヴィナは凍った肉を齧る彼を見て、疑問に思っていたことを尋ねる。


「カズナ様、今回は死体を見ても平気なのですね?」


「ん?あぁ、……なんつーか、現実味が無い。これ死体ってより芸術だろ」


 隣に立つ氷像を指で叩くカズナに、彼女は?を浮かべる。


「……難しいですね」


「それなー」


 橋の上をヤベェ高ぇと騒ぎながら渡る彼を、ラヴィナは微笑ましく思いながら追いかける。


「して、これからどうします?」


「そーだな……」


 カズナは迷宮素のメーターを表示し、驚く。


「え、めっちゃ貯まってんじゃん」


 貯まっても元の半分くらいかと思っていたが、エルフは効率が良いのか、はたまた殺した数か。

 ……待て待て、よく考えたら500人殺害ってヤバくないか?え、こいつヤバ。


 ようやく追いついた理解が、ラヴィナのヤバさを再確認させる。


 そんなヤバすぎる彼女は、カズナから送られる驚愕の眼差しを不思議に思いながらも、メーターを覗き込んだ。


「これならダンジョンを創れるのでは?」


「いんや」


 ラヴィナとしては、彼のためにも早く安全な住居を創って欲しいのだが。


 しかし彼女の言葉よりも早く、カズナが召喚陣を起動する。


(偵察用だから、戦闘力はいらないな。飛行可能で、身体は小さめ、あと視覚共有があればいいな)


 スキル発動後、陣が黒く発光し、4匹のモンスターが現れる。


 8本足を忙しなく動かし、薄い4枚羽を持った、芋虫の様な生物。

 その容姿を一言で表すなら、


「……キモいな」


「ビィッ!」


 それに尽きる。


 そして同時に、彼は召喚における1つの制限を理解した。


「……うん、ラヴィナ、やっぱお前特別だわ」


「っな、なんですかいきなり?」


 顔を赤くする彼女に、カズナは虫を指差す。


「普通のモンスターは、ダンジョン外で長く生きれないっぽい。コイツらも持ってあと1時間てとこだな。それに迷宮素がミリも減らねぇ。召喚ってこんなコスパ良いのか」


「あぁ、そういう……」


 彼の説明に、途端ラヴィナは興味を失い、虫と戯れ始めた。


「可哀想ですね。結構可愛いのに」


 その言葉に、カズナは聞き間違いか?と虫を2度見する。

 頭、腹、背中、どこからどの角度で見てもキモい。キモい以外の何者でもない。触りたくすらない。

 そこで改めて納得する。


「……やっぱ俺、まだモンスターに成りきれてないわ」


「「「「ビィイッ」」」」


 彼女と自分の価値観の違いに額を抑え、カズナは4匹の虫を四方の空に放った。

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