第19話 感情



 ――カズナは彼女から敵接近の報告を聞き、大樹の枝の隙間に目を凝らしていた。


 枝と葉が邪魔で何も見えない。本当にいるのか不思議でしょうがない。


「……ねぇ、どこら辺?」


「あそこら辺です。うまく隠れていますね」


「……ん〜」


 ラヴィナが身体から生える突起物の様な物で敵の場所を指すが、やはり見えない。


 恐らく彼女は、魔力的な何かで場所を探知しているのだろう。自分には見えないわけだ。


「うん、無理だ。見えん」


「分かりました。炙り出しましょう」


「え?」


 彼女が言うが早いか、森に絶叫が響き渡る。


 突如として幹の裏から、人型の何かが炎上しながら落下した。

 高さ7、80m前後。そんな場所から受け身も取らずに落下すれば、大抵の人間は、


 バチャッ


「っ……マジか」


 潰れる。


 爽やかな草花の緑に散った、汚らしい赤。


 人の形に縁取られたそれを見て、カズナは喉から迫り上がる何かを飲み込んだ。


「動きましたね」


「うぇ?」


 しかし彼の葛藤に配慮してくれる者は、ここには誰もいない。


「ん、なっ⁉︎」


 次の瞬間には自分達目掛けて、全方向から矢が射られていた。


 それも只の矢ではない。軌道が滅茶苦茶に動いている。

 多分風魔法だ!長年積み重ねたオタクの勘がそう言っている!そして勘は、


 このままでは死ぬとも言っている!


「ヒェっ」


 カズナは情けない声を出し、腕を前に出して防ごうとする。


 ……しかし、覚悟した痛みが彼に訪れることはなかった。


「……ん?おぉ!」


 目を開けたそこには、何かに防がれ静止した矢が宙に浮いていた。


 手を伸ばし触ってみるも、壁の様な物に当たり矢まで届かない。

 魔法障壁か結界か、空間魔法という線もある。オタクの勘がそう告げる。どちらにせよ、助けてくれたのは彼女に間違いない。


「ヴィーネっ」


 彼はお礼を言うため、横のラヴィナに顔を向け、


「あり、が…………え?」


 固まった。と言うより、恐怖した。


 何せ、彼女の身体を覆う全ての瞳が充血し、怒りに震えていたのだから。


 ラヴィナは初めての感情に、腹の底からドス黒い声を出す。


「……なぜ、カズナ様に矢を放った?……なぜ私ではなく、カズナ様に、……我が王に」


 彼女の全身から、途轍もない魔力の本流が迸る。






 この気持ちは何だ?この感情は何だ?


 自分の敬愛する者が、危機に陥った時に覚える感情。


 自分の大切な者を、傷つけられた時に覚える感情。


 湧き上がる殺意に沸騰する彼女はしかし、全てを俯瞰する脳裏で冷静に理解した。



「なるほどこれが……怒りか」



 そこから始まったのは正に、処刑であった。蹂躙であった。地獄であった。


 ラヴィナを前に、生きとし生けるものが塵芥と化した。

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