第14話 命舞い、空へと散る。世界は斯くも恐ろしく、儚く、そして美しい。
リョウは驚くが、ドーラの身体は、本体が傷付けられるまで不滅だ。
その本体はギリギリだったが自分が守った。
痛々しい姿ではあるが、彼女ならすぐに立ち上がる筈だ。
「ドーラ、あと少しだ。頑張ろう。……ドーラ?」
盾に隠れ敵の様子を見ていたリョウはしかし、ドーラの様子がおかしい事に気づく。
苦しみ続ける彼女が立ち上がる気配はなく、その瞳はどんどん虚ろになっていく。
「え、ど、ドーラ?どうしたの?か、回復は?」
「……す、みません。リョウ、さま。……奴は、私と、本体とのパスに、……干渉出来るようです」
「……え?待ってよ。いきなりそんなこと言われても、大丈夫なんだよね⁉︎ドーラ⁉︎」
「……す、みま、せん」
ひたすら謝り続けるドーラを抱き起こし、急いで隠していた本体を取り出す。
すると、
「……何で」
美しかった黄緑色の花は、下半分が黒く変色し砂の様に崩れていた。
花には指1本触れさせていない。それなのに。
これがパスに干渉出来ると言う事なのか?
(どうするっどうする⁉︎っ)
立ち上がり狼狽えるリョウはそこで、なぜか攻撃もせずこちらを見つめる女剣士と魔法使いと目が合った。
身構えるリョウだが、攻撃の反動か全身から煙を上げる女剣士が、彼に向かって無造作に手を振る。
「興が醒めた。……よい。最後くらいゆっくり話すがいいわ」
「……は?」
「妾に2度同じことを言わせるな」
睨む女剣士に、魔法使いが続く。
「今のあなたは、殺す気になれないわ。……あの人には怒られるでしょうけど」
「何を勝手なっ」
怒りに震えるリョウは、彼女の物言いから悟る。
「……お前、わざとドーラを狙ったろ」
自分がドーラの本体を守りに行くことが予測されていて、
女剣士の攻撃がドーラの分身体を貫通出来る事が分かっている2人なら、
本体を攻撃すると見せかけてドーラを攻撃する作戦が立てられる。
全ては、自分とドーラを引き離すためのブラフであったのだ。
愛情という繋がりを利用した、卑劣極まる戦法。
リョウは己を、彼女を侮辱されたことに怒り、大気が震える程の魔力を爆発させるが、
「いいの?それ、今にも死にそうだけれど」
「クぅッ」
苦しむドーラを見て、唇を噛む。
今は2人の気紛れに甘える他ない。
そう判断し、自分達を覆う様に魔樹で巨大な球体を創った。
……静かな球体の中、互いの息遣いだけがうるさく響く。
「す、すぐに治さないとっ」
「リョウ、さま。……リョウ、様っ」
「――っ」
「聞いて、ください。……リョウ様、私はもう、助かりません。リョウ様は、階層転移でお逃げくださいっ」
「――ッ何を馬鹿なっ」
「リョウ様っ」
「っ……」
「……貴方が生きてさえいてくれれば、私はそれでいいのです」
ドーラは微笑みながら、淡々と静かに告げる。
「そうすれば、いずれあの者達を殺すこともできましょう」
(……違う)
「新しい配下を生み出す時は、私に似た姿にしてくださいね?」
胸の下から塵の様にハラハラと崩れていく彼女が、クスりと笑う。
「エッチなことは、次の私以外としてはダメですよ?」
(やめてくれっ)
「リョウ様はかっこいいですから、きっと沢山の同族に好かれてしまいます。私が傍で見張れないのは残念で」
「ドーラっ!」
「……」
「僕はッ、僕はっ!」
ドーラは震えるリョウを優しく見つめ、
「……リョウ様」
「?――っ」
首を持ち上げ、そっとキスをした。
……彼女はゆっくり唇を離し、惚けているリョウを見つめる。
「愛しています、リョウ」
「っ僕もっ、僕も君が……ぁ」
リョウの手の中から、彼女の重さが消える。
彼は焼け残った本体の残骸を抱きしめ、身体を震わせる。
「……僕も、僕もあなたが、……好きでしたっ」
暗く静かな球の中で、彼はうずくまり1人嗚咽を漏らす。
短かすぎた彼女との思い出が、頭を巡る。
これからもっと楽しんでいく筈だった。
これからもっと仲を深めていく筈だった。
彼女の笑顔が過る。
……もう少ししたら、好きだと伝えようと思っていた。
「……僕が生き残れば、それでいい?」
彼は灰を握りしめ立ち上がり、
「違うよドーラ」
球を大きく開いた。
――「まさかダンジョンに穴が開くとは思わなんだ」
「まだ創ったばかりだったのでしょう。あなたの能力もあるだろうし」
「そうじゃな。ただ妾が凄すぎたというだけの話じゃ」
「はいはいその通りよ。……」
雑談をしていた2人は、開いた球体から飛び降りるリョウに視線を向ける。
対して彼は、視線も何もかも、もうどうでも良かった。
手の中に残る灰を、地面に押し付ける。
――ただ、彼女だけを想って。
「『王花爆誕』」
「「――ッ」」
爆発的に成長する大花は、地面、壁、天井、全てを飲み込み、ダンジョンをぶち抜いて尚成長を止めない。
近くにある全てを養分に成長を続ける、魔花だ。
「君のいない世界に、僕が生きる意味はないんだよ」
そしてリョウ自身も身を捧げ、花の養分として呑み込まれていった。
「……まさか自害するとはね」
荒れ狂う根を躱す2人だが、その顔に焦りはない。
女剣士は根を蹴り飛ばし、僅かに残る地面に着地した。
「妾が殺る。貴様はあ奴を守ってやれ」
「分かったわ」
彼女の言葉を耳に、魔法使いは転移で姿を消す。
「……貴様の覚悟を評して、妾も本気を出そう」
そう呟いた女剣士の全身を、漆黒のマグマの鎧が覆ってゆく。
彼女を中心として、大地が沸騰し泡を吹き、あまりの熱量に空間が捩れた。
「……妾の力の本質は、炎などではない。『崩壊』そのものじゃ」
神々しくも恐ろしいその姿。
地獄の悪魔か、天の使いか。
何人も触れる事能わぬ、獄炎のヴァルキュリエが、そこに立っていた。
禍々しく輝く漆黒の鎧に身を包み、彼女は天を突く大花を見上げる。
おもむろに手を振り上げ、一言。
「……『デフェル』……」
空中に漆黒の大剣が出現。
大剣の刃に血の様に赤いマグマが流れ、胎動を始める。
そして、
「『ラーヴァ』」
彼女が腕を振り下ろした瞬間、大剣が大花に突き刺さり、世界が真っ黒に染まる。
地獄から伸びる黒炎が、周囲一体を消し飛ばし、雲を突き抜け天を穿った。
「……疲れた」
女剣士はその場に大の字で倒れ、目を瞑る。
サラサラとした砂の様な灰が、風に巻き上げられ空へと旅立つ。
燃やす、でも、殺す、でもなく、万物を『壊す』彼女の通った後に残る、哀切たる惨状。
遥か彼方、透き通る蒼穹の中、緑色の大きな花弁が2枚、
……寄り添うように散っていった。
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