第11話 襲撃者
――「気分が悪い」
扉を蹴り飛ばしダンジョンに入った女は、辺りを見回し鼻を鳴らす。
身につけるのは皮の鎧に鉄のブーツ、腰のベルトには1振りの長剣が差され、傲岸不遜なブロンドヘアが美しく揺れる。
その下から現れる、特徴的な尖った耳。
「その話はさっき済んだでしょう、我慢しなさい」
彼女を嗜めながら、魔法使い風の女が後に続く。
黒の三角帽を被り、黒いローブに身を包んだ如何にもな風貌。帽子の下から覗く、のほほんとしたタレ目はしかし、全てを見通さんとする鋭い光を纏っている。
そして帽子の下でピョコピョコと動く、特徴的な長耳。
装備している防具は、素人目から見ても高ランクの物ではないと分かるが、2人の佇まいと異様な気迫が、その場の空気を支配していた。
「あれじゃな」
「ええ」
彼女達は奥の壁にはまる扉を見つけると、足元に広がるマタンゴと魔花など気にした様子も無く、スタスタと歩き出す。
そうして彼女達が部屋の中腹まで何事もなく到着した、
瞬間、待ってましたと言わんばかりに数100の魔花が根をもたげ、マタンゴが一斉に状態異常を付与する胞子を撒き散らした。
色とりどりの粉が第1階層を満たす中、鋭い根が2人に襲いかかる。
しかし魔法使いはポケットから手を出そうともせず、女剣士も剣を抜かずに、スっ、と右脚を持ち上げるだけ。
「……猪口才な」
そして一言。
スラりとした脚が、床を踏み砕いた。
途端地面を割り赤い亀裂が走り、炎が噴出。辺り一面が火の海と化す。
炎の中を悶え苦しむマタンゴと魔花を踏み潰し、2人は何事も無く歩みを進める。
「そう言えばあ奴、具体的な方法は言わなかったのぉ」
「まあ、壊し続けていれば出てくるんじゃない?」
「ふん」
灰の雨が降りしきる部屋の中、女剣士は第2階層への扉を蹴り開けた。
「……まあまあじゃな」
「確かにいい景色ね」
目の前に広がる牧歌的な光景に、2人は少しだけ感心する。
しかし、
「綺麗な物を壊すのが、1番唆るよの」
嬉しそうに口を歪める女剣士の言葉に、魔法使いは呆れ溜息を吐いた。
こいつの趣味嗜好は、手遅れな程に捻れ切っている。最早病気だ。何を言っても治らない。
そんな魔法使いの内心などいざ知らず、女剣士は屈伸しながら、水源に浮かぶマリモリモを見据える。
「
「はいはい。さっさとして頂戴」
「クハハ――ッ」
言うが早いか、女剣士は前傾になり、大地を踏み抜く。
風圧で花弁を吹き飛ばし、1直線で水源へと駆け出した。
マリモリモは危険を感じ、小川を操り蛇の如く彼女に突撃させる。
しかし届かない。当たらない。届く前に弾かれる。
「クハハっ、話にならんな!」
熱波をばら撒く彼女は、事実何もしていない。
ただ駆けているだけ。彼女が放つ熱量だけで、全ての水が蒸発しているのだ。
一瞬で距離を詰められたマリモリモは、分かれていた全ての川を集結させ、大質量の水を超高圧で噴射する。
しかし、
「ぬるいわァッ!」
余波で花畑と水源を焼き飛ばし、無慈悲なる豪炎が暴威を振るった。
拮抗などする筈もない。マリモリモは全身を変色させ、身体を鋼の様に固くし炎から身を守ろうとする。
だが、時既に遅し。
「吹き飛べ」
炎と共に接近した女剣士の回し蹴りが、鋼の表皮に直撃。
瞬間、大爆発。
宣言通り爆速でぶっ飛んだマリモリモは、壁に激突し粉々に砕け散った。
後に残ったのは、乾涸びた水源と焼け散る花畑。
鼻を抜ける焦げた香りに、女剣士は恍惚とした笑みを浮かべる。
「ほれ、早くしろ魔法使い!次じゃ次!」
「……何楽しんでんのよ」
子供の様に先を急かす彼女に、魔法使いも頬を緩めた。
そして二人を出迎える、味気の無い木々の群れ。
「……つまらん」
「何よ、あんなにはしゃいでいたのに」
「はしゃいでなどおらん」
先とは一転、意気消沈した女剣士がぶすくれる。
林などこれよりも壮大で荘厳なのが外に群生していると言うのに、今更こんな物見せられても「あっそ」で終わりだ。
女剣士は目をつけた1本に近寄り、その木を睨みつける。
「おい貴様、扉まで案内しろ」
沈黙。
「……おい、妾に2度同じことを言わせるなよ?」
……沈黙。
「……そうか」
女剣士が無造作に振るった腕が、木、否、トレントの太い幹を容易くへし折った。
トレントの狩は隠れることから始まる。
疑いの目で見られている内は、絶対に動かない。それがトレントの習性であり、トレントの強みだ。
だからトレントは悪くない。……トレントは悪くないのだ。
盛大な音を立て倒れたトレントは、数度痙攣した後絶命する。
そんな哀れな樹木を踏み付け、
女剣士は爛々と獰猛な光を放つ右手を林に向けた。
「何を?」
「律儀に通る必要も、なかろうて」
瞬間、
爆音を轟かせ、一条の熱線が目の前の風景を削り飛ばした。
2人の前に伸びる、焦げ爛れた1本道。
地面は沸騰し、勢い余って奥の扉が消し飛んでしまっている。
「おぉ、運がいい」
「敵側からしたら堪ったもんじゃないわね」
強引に敷かれたレッドカーペットを、彼女達は悠々と歩いてゆく。
その道中、根刮ぎ消し飛んだにも関わらず、もう再生を始める木々を見て2人は驚いた。
「……なるほど。ダンジョン由来の物は、壊しても自己修復機能が働くのね。モンスターが蘇らないところを見るに、適用されるのは建築物だけかしら」
「あ奴のぉ。何でそういう大事なことを言わんのじゃ」
「知らなかったんでしょ」
「じゃろうな」
互いに同じ上司を頭に思い浮かべ、勢いとノリで生きている彼に溜息を吐く。
2人は、さっさと終わらせてしまおう、と再生しかけの扉を再び蹴り飛ばし奥に進んだ。
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