第9話 初めての戦闘



(……血だ)


 リョウは初めて見た人間の死体、それもかなりショッキングな部類のやつを直視し、何とも思わない自分に驚く。


 やはり対象として『殺人への嫌悪感』『血への恐怖心』を差し出したのが良かったのだろう。


 次いで、扉の奥からこちらを警戒する9人に目を向ける。


 「……ドーラ」


 「はい。――リョウ様を待たせるな」


 「グぉっ⁉︎」「な⁉︎」「うぁ⁉︎」


 扉を潜る直前で停止していた盗賊達は、突如背後から吹いた突風に背中を打たれ、無理矢理第3階層へと誘われる。


 カシラ以外の全員が地面をゴロゴロと転がり、バタバタと慌てて起き上がった。


 「無様ですね」


 その姿をドーラが鼻で笑う。


 (……ドライアドか)


 カシラは2人の一挙手一投足を警戒しながら、この木の主人と思しき彼等を観察する。


 (ドライアドは分かる。だが、隣のは何だ?人間の、ガキ?何でこんな場所に)


 そこまで考えた所で、前方からの殺気に思考を中断させられた。


 「リョウ様を無視して考え事とは、身の程を弁えなさい」


 逆巻く風圧に髪を靡かせ、ドーラが冷たい声で告げる。


 しかしリョウは、そんな彼女を手で制した。


 「まずは情報収集だよ。殺すのはそれから」


 「はい。すみません」


 頭を下げ1歩引くドーラ。それに驚いたのはカシラだ。


 「……おい、おいおいおいおい!モンスターと話せんのかお前⁉︎」


 「え?」


 モンスターと会話出来る人間など、長い冒険者人生の中でも聞いたことが無かった。


 加えて眷属を生み出すドライアドを従えるとなれば、逃す手はない。


 こいつは金になる。

 リョウを見るカシラの目が、鋭く光った。出来れば、傷を付けずに持ち帰りたい。


 「……なぁお前さん、こんな所出て、俺らと荒稼ぎしねぇか?」


 「ん?」


 「勿論、お前の家に無断で押し入っちまったのは謝る。この通りだ」


 ……少しの


 吹き抜ける風、


 リョウは頭を下げるカシラを見て、一言。


 「……え?」


 何やら要領を得ない目の前の人間に、カシラも顔を上げ訝しむ。


 「……ドーラ、彼の言葉分かる?」


 「勿論分かりません」


 「だよね」


 どうやら神は、今や転生特典とも言える、異世界語翻訳機能を付けてはくれなかったようだ。


 「まさかお前、人間の言葉分かんねぇのか?」


 驚くカシラの言葉に、リョウは再度疑問符を送る。


 「……そうか、んじゃまあ、……しょうがねぇよな?」


 会話が成立しないのなら仕方ない。


 カシラの口元が獰猛に吊り上がり、隠す気のない殺気が漏れ出す。


 空気の変化を察し、リョウとドーラも目を細めた。


 「……ドーラ、会話は無理みたいだから、次は実験だ。自分自身の力の把握に努めよう」


 「はい。リョウ様はどちらを?」


 「んー」


 瞬間、ドーラの眼前に刃が迫る。


 盗賊に口上など必要ない。不意打ち、急襲、大歓迎。


 「(入った)――な⁉︎」


 両断を確信したカシラの刃はしかし、リョウが『土魔法』で生み出した土剣によって防がれていた。


 「じゃあ、僕はこっちで」


 「クっ」


 カシラを軽く押し飛ばし、リョウは自らのターゲットに剣を向ける。


 「畏まりました。ですがリョウ様、あの程度の攻撃、私でも見切れましたよ?」


 「……えっと、」


 どもるリョウは、頬を掻き、目を泳がせ、


 「も、もしドーラが傷ついたら、嫌だから……っ」


 「……まぁ」


 少しだけカッコつけたのだった。



 ――事実カシラは強かった。


 嘗ては冒険者として上位まで上り詰め、面倒見がいい先輩として慕われていた。


 しかし向上心が一際高かった彼は、才能ある冒険者がどんどん上へ行くのを見て、これ以上成長できない自分に嫌気がさし、楽に稼げる道へと走った。


 盗賊業はそんな彼を満たしてくれた。


 皆がカシラを恐れ、服従した。


 溢れ出る欲求を肯定し、受け入れてくれた。


 そうして彼は、汚れた刃を握り、再び己の力に自信を取り戻したのだ。


 ――そしてそんなカシラは今、迫り来る土剣を死に物狂いで捌いていた。


 「グゥうッ!」


 コンマ数秒の内で連続する金属音が花畑に響き渡り、カシラから飛び散った血が花の色を等しく赤に染める。


 カシラ以外の盗賊は開始数秒で全滅。

 ドーラの風魔法によって細切れにされ、魔花の肥料となった。


 予想以上に早く終わってしまった戦闘にドーラは不満だったが、今は優雅に茶を飲みながら主人を応援をしている。


「クッソがッ」


 カシラはそんな舐め腐った彼女に悪態を吐くが、それで戦況が傾くわけもなく。


 上からの1撃を受け止めては腹を蹴り飛ばされ、

 右からの1撃を弾いては返す刃で頬を裂かれ、

 左脇腹への刺突を逸らしきれずに肉が抉られる。


 そしてこれらの攻撃が全て、1秒以内に連続で繰り出され続ける地獄。


「――何だよっ」


 技術もクソもない体捌き。

 身体に見合わぬ膂力。

 楽しくてしょうがないという無邪気な笑顔。


「――っ何なんだよ!」


 己が縋ってきた力という拠り所を、カシラは再び粉々に砕かれた。


「何なんだよお前はァッ⁉︎ゲブっ⁉︎」

「あ、」


 そんな彼の気持ちなど知ったこっちゃないリョウは、思いっきりカシラの顔面をぶん殴った。


「リョウ様、お見事です」


「あ、ありがと」


 吹っ飛びバウンドし壁に激突したカシラに向かって、2人は雑談しながら歩いて行く。


 リョウは土剣を崩し、己の手を興奮した眼差しで見つめた。


 つい数時間前まで普通の学生だった自分が、異世界の荒くれ者相手に肉弾戦で完勝したのだ。

 誰だって興奮するだろうそんな状況。


「リョウ様の先の動き、私の目でも追い付けませんでした。それも貰ったスキルが関係しているのですか?」


「あ、うん。『身体強化』っていうスキルなんだけど、多分これはあの男の人も使ってたよ。魔力が身体を覆ってたからね。僕が圧倒できたのは、単純に彼と僕の魔力量に差がありすぎたからだと思う。あ、魔力量っていうのは魔力の総量のことで、魔力は魔法を使う時に必要な素で」


「リョウ様、落ち着いて下さい。魔力も魔法も、この世界に根付いている原理です。理解出来ますよ」


「あ、うん、ごめん」


 自分の専門内のこととなり、つい早口で捲し立ててしまった。オタクの悪い癖だ。


 リョウは顔を赤くし、下を向きドーラから目を逸らす。


 そんなこんなで到着した、カシラの目の前。


 顔面を陥没させ、ピクピクと痙攣するカシラを目に、ドーラは少し驚いた。


「あら?リョウ様、殺さなかったのですか?」


「……そうみたい」


 どうやら生前に染み付いた常識のせいで、無意識の内に拳の力を弱めてしまったらしい。


 人を殺してはいけない、そんなルールは、今この場では致命的な欠点となり得る。


「……ごめん」


 俯くリョウに、ドーラは優しく微笑む。


「謝らないで下さい。私こそ配下でありながら、思慮が足らず申し訳ございません」


「い、いや、ドーラは」


「悪くないと言って下さるなら、謝るのもおやめ下さい」


「……」


「これから少しずつ、慣れていけばいいんです。私がずっと、傍でお支えしますから」


「……ドーラ」


 美人からの優しい言葉に、リョウは顔を赤くし心臓を高鳴らせる。


 女子とまともに話した事もない男子が、こんな言葉に耐えられる筈があろうか?いやない。


 そんなアオハル色に染りかけた空気の中、忘れ去られてしまっていた男が口を開いた。


「……ひひひっ、お熱いねぇ」


 カシラは見下す様な笑顔で2人を睨む。

 言葉は分からずとも、この2人がいい仲だってのは見ていれば分かる。


 人を誑かすモンスターと、人語を喋れずモンスターに恋するガキ。


「お似合いだなぁ。反吐が出る」


 血の唾を吐くカシラに、ドーラはこの男が言わんとしていることを理解した。

 故に、不快。


 彼女は無言で風の槍を作り出し、カシラの頭部を撃ち抜こうとする。


 しかしそれよりも早く、


「じゃあなァっ!貴様らの輝かしい絶望に、幸あれ‼︎」


「「――っ」」


 カシラは満面の笑みを作り、折れた鉈で自らの首を掻っ切った。


 モンスターに殺されるくらいなら、自死を選ぶ。

 そんな彼の最後の抵抗に、リョウは驚き、ドーラは苛立たしさから眉間に皺を寄せる。


 「……欠片も残さず食らい尽くしなさい」


 彼女は今まで止めていた花達に命令し、笑う死体を花園から消し去った。


 後に残るのは鬱々とした沈黙。


 何やら気まずい空気を取り払おうと、リョウは彼女に明るく話しかける。


 「そう言えばあの人、最後めちゃくちゃ笑ってたけど、何て言ってたんだろうね?」


 「リョウ様のために死ねて幸せですうひゃひゃひゃ。と言っていました」


 「……それが違うことだけは分かるよ」


 カシラの最後の祈りは、これっぽっちも本人に届いていなかった。

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