第2話 いってらっしゃい



 ――男は神の指示通り1列に並び、自分の番を待つ。

 途中で先に引き終わった人達が、互いに教え合い盛り上がっている。


 ――「さあ、君の番だ!」


 差し出される箱を前に、男は1度深呼吸をする。


 穴に手を入れ、1番下の紙を引き抜いた。


 (……?)


 男は神に困惑の視線を向ける。


 しかし神はそんな反応を予想していたのか、ニッコリと微笑んだ。


「心配しなくていい、種族ごとの説明は後でするさ。紙は持っていてくれ」


 男は促されるまま列を外れ、もう1度紙を見る。

 あまり想像のつかない種族だ。

 現実は小説より奇なりとは、よく言ったものだと実感した。



 ――「さて、君達の種族も決まったことだし、今回は特別だ。全員にスキルを譲渡しよう!」


 待ってましたと言わんばかりに、今までで1番のざわめきが起こる。


「まずは種族名の下を見てくれ。簡単な説明が乗っているはずだ。……弱点がある種族もいるからね、一応後乗せにしておいたよ」


 男は浮かび上がった説明文を読み、随分と変な種族を引いてしまったと困惑すると同時に、未知の発見に興奮する。

 なるほど、己の種族も鑑みて、スキルを決めろということか。


「それでは、君達の持っている紙に、欲しいスキルを好きなだけ書いてくれ」


 男は目の前に現れたペンと消しゴムを掴む。まさかの自己申告制、破格すぎる待遇に皆同じ顔だ。


 しかし続く神の言葉に、その誰もが冷静にならざるを得なくなった。


「ただそのためには、力に応じた等価交換が必要になる。これは私の意地悪ではなく、必要な工程なんだ。パソコンの空き容量を増やす行為だとでも思ってくれ」


「……」


 男は考える。等価交換、その響きに好印象を持つオタクは少ないだろう。


 それに考慮すべき点は、


「わ、私達の何と、スキルを交換するんですか?」


 そう、そこだ。

 四肢なんて言われようものなら、何も持たずに転生も有り得るぞ。


 しかし不安そうな彼らに、神は心配するな、と笑顔を向ける。


「何でもいいのさ。本当に何でも。身体の1部でも、記憶でも、君達の持つモノであれば、概念だろうと構わない。

 それこそ、人を殺した時に感じる、嫌悪感や恐怖を交換に出してしまえば、先程質問された『人を殺す準備』もここで済ませてしまえる」


 質問者である彼が、神の回答になるほど、と頷く。


「……痛覚を交換に出せば、痛覚無効取れる上にスキルもゲットできんじゃん」


「マジじゃん、お前頭良いな」


「真似すんなよ」


 やんややんやと騒がしくなる空間内に、神も満足そうに頷く。


「焦らなくていいよ、時間はたっぷり取るからね。

 紙の裏、左の欄に交換対象を、右の欄に欲しいスキルを書いてくれ。もし釣り合わない場合は、左の欄が赤く光るから参考にしてね」


 読書タイムに入った神、楽しそうに案を出し合う彼らを目に、


 しかし男は一人座って考えていた。


 試しに、『高校の時の記憶』を対象に、『鑑定眼』を要求してみる。

 赤く光らない。

 成功だ。


 次にそれ等を消し、『両腕』を対象に、同じく『鑑定眼』を要求する。

 赤く点滅、

 失敗。


(……俺にとっちゃ両腕の方が大事なんだが。……そもそもクソだった高校時代の記憶とか、覚えてないぞ?)


 ――他にも色々試した結果、予想するに、交換レートは肉体より精神の方が高い。


 こうなると、誰もが漠然とした記憶や感覚、精神性を対象にしてしまう気がする。


 加えてこの赤い点滅、まるでクレーンゲームの沼だ。あと少し、あと少しと金を入れ続け、商品をゲットした時、財布の中身を見て後悔するんだ。


 しかし、今回の商品は夢にまで見たスキル。大事な物を犠牲にしても、獲得する価値がある。


(……何が意地悪じゃない、だ。相当悪意詰まってるぞ、この仕組み)


 男は、つまらなそうに本を読む神を一瞥する。


 恐らく、恐らくだ、精神を対価に差し出し、人の感情を極限まで捨ててしまった方が、ダンジョンマスターとして都合の良い存在が完成する。


 神にとっても、世界にとっても、それは望むべきことだ。

 精神のレートが高いのは、つまりそういう事なんだろう。


 しかし、



「……そんなの、俺ぁ御免だ」



 男は1つ息を吐き、反抗的な笑みを浮かべた。



 痛みも、恐怖も、辛い出来事も含めて、過去の全てが今の自分を作っているんだ。


 それを消してしまったら、そいつは自分と呼べるのか?


 今までと同じ感性で、夢にまで見た異世界を見れるのか?


 否。


 異世界の地を踏むのは、今の俺でなくちゃ意味が無いんだ。



 男は紙に向き直り、心底楽しそうにペンを走らせた。



 ――「いや~、読み物としては読めたもんじゃないね」


 1人ごちる神は本を閉じ、周りを見渡した。


 ペンを走らせる音はもう聞こえない。

 頃合いか、とその腰を上げる。


「皆大体決まったみたいだね。それじゃあ回収するよ」


 各々の紙がパッ、と手元から消え、神が頷く。


「うんうん、欲望に忠実なのは良い事だ。よし、準備も整ったことだし、転移させるね」


 いきなりだな、と誰もが身構える。


「私達は世界滅亡規模の特例以外干渉はしないからね、恐らくもう会うこともないだろう」


 今回は少しサボりすぎたけど……。その言葉は誰に届くでもなく消えてゆく。


「君達が飛ばされる場所はランダムだ。降り立った場所でもどこでもいいが、ダンジョンをを創って、滅ぼさない程度に人類を間引いてくれ」


 いよいよだ、と誰もが気持ちを高ぶらせていると、


「それと、君達同士が争った場合、殺した方にスキルが譲渡されることになる」


 不穏な発言が耳を掠めた。


「君達の新しき生に……」


 ちょっと待て、誰かがそんな言葉を言う暇もなく、









「幸あれ」









 神は笑った。



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