第3話 新天地



 髪を優しく撫でる風と、響く鳥のさえずりが彼の意識を揺する。



 「ん、うぅん」


 呻き声にびっくりして、様子を見ていた小動物が散り散りに逃げていった。


 「……ここは」


 辺りを見回す彼は、自分を見下ろす途轍もなく大きな木々に驚く。

 全長100mはあろうか、見たことも無い巨樹の森が、前後左右どこまでも広がっている。


 太陽へとひたすらに手を伸ばすその巨躯からは、粛々たる大自然の威容を感じ取れた。


 「そっか、本当に異世界に来たんだ。……夢みたいだ」


 寝っ転がり、緑葉の隙間から空を見る彼は、自分がずっと想像してきた世界にいるという現実を、ゆっくりと味わう。



 彼は幼い頃から、人と関わるのが苦手だった。

 高校に入ってからもそれは変わらず、友達も出来なかった。


 そんな彼が、同じような境遇の主人公が多いライトノベルに出会って、ハマらないはずがなかった。


 熱中し、読み漁り、彼の楽しみはいつしか、主人公を自分に当てはめ、違う世界を旅することとなった。


 そして今、目の前にその世界が広がっている。



 「そうだ、ダンジョン創らないと。……えっと」


 彼は自分の中にあるダンジョンマスターとしての権限を自覚し、徐々に理解してゆく。


 ・ダンジョン制作

 ・配下召喚


 大きく分けて2つの行使権限だ。


 2つを行使する上で必要な素、もとい迷宮素めいきゅうその残量を現すメーターが、彼の目の前に浮かび上がる。

 神の計らいか、予めそれなりに溜まっていた。


 「……こんな感じで良いのかな。うわっ」


 ダンジョン制作を実行すると、目の前に巨大な樹が現れる。

 周りの木の半分程しかない背丈、だと言うのに、その存在感は他を圧倒していた。


 木漏れ日に照らされた緑は星屑を振り撒き、太く大きな幹と根は、大地の祝福を一身に受けている。

 そして違和感が1つ。


 その根本には、年季の入った木製の扉が嵌っていた。


「……(ゴクり)」


 見た目によらずスムーズに動く扉を押し開け、彼は中へと足を踏み入れる。


「おぉ」


 学校の校庭程の、何もない空間が彼を出迎えた。


「とりあえず……」と、彼は何もない空間をあと2階層分作成し、1番上に転移する。

 ダンジョン内に限り、あらゆる場所への転移が可能のようだ。


 残りの迷宮素はあと少し。彼は次に、配下召喚の陣を起動した。

 と同時に、


『やあ!神だよ』

「っ⁉︎」


 神が事前に仕込んでいたメッセージを受信する。


『無事ダンジョンを建てられたみたいだね。おめでとう!

 それで私の予想だと、皆迷宮素が1/10くらいになってると思うが、それじゃあ君達の言うしか召喚出来ない。

 だから特別だ。

 最初の陣からは、強力なモンスターを召喚出来るようにしておいた。

 君達の相棒となる存在だ。仲良くしたまえ』


 ダンジョンの作成には、膨大な迷宮素を使う。

 これは現状を見越した上で、始まりが平等となるよう工面した、神からのプレゼントというわけだ。


 聞き終わった彼は神の思いやりに感謝し、録音に頭を下げる。

 そして興奮を抑えながら、右手を翳し、残りの迷宮素を全て注ぎ込んだ。


 途端、眩い緑の光が天井に伸び、光力を落としながら収縮していく。


 ――完全に収まったその場所に、1人の女が跪いていた。


 エメラルドの長髪を揺らし、

 柔らかな笑みを湛え、

 簡素な服を身に纏い、

 うっすらと緑色に発光している美女。


 その美しさに、彼は一瞬見惚れてしまった。


 「っ。……ドライアド」


 現実へ帰還した彼は、次いでその姿に感動する。


 創作物の中でしか、終ぞ見る事の叶わなかった彼女。


 御伽の中でしか存在しなかったモンスターが、今、目の前にいるのだ。



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