ダンジョンから見る異世界侵略

美味いもん食いてぇ

第1章 異世界転生

第1話 オタクの夢






 地球ではない、どこか遠く、果てしなく遠くの世界。


 遥か昔から人類は、モンスターを狩り、モンスターの皮を縫い、モンスターの肉を喰らい、モンスターの骨で家を建てていた。


 あらゆる用途に使えるモンスターは、人類に1つの道を示し、同時に全ての道を奪った。


 人類は、モンスターに便り、寄り掛かり、依存した。


 故に気付いた時には、モンスターは滅びていた。


 人類は焦り、悩み、そして、



 神に祈った。



 




 

           §



 

 

 電光掲示板が煩い道を歩きながら、彼女、いや彼は頭を悩ませていた。


 友達によると、自分の悩みを解決するなら、この場所が良いとのことなのだが……。


 降りしきる光に目をすぼめ、堪らず建物の1つに避難する。どうやらそこは、書物を取り扱う店だったらしい。色とりどりの書物が、所狭しと並んでいる。


 周りを見れば、数ページペラペラと捲って読んでいる人間が沢山いる。


 彼も興味本位で書物を手に取り、少し目を通してみた。


「――っ」


 彼は目を見開き、そして友に感謝する。すぐさま本を手に、見張り番の元へと走った。


「これを貰えないだろうかっ!」


「はい、こちら試し読み本となっておりますので、新しい物を御用意致しますね」


「有難いっ!」


 商品を受け取った彼は、全身に喜色を浮かべ走り去っていく。



 電気とオタクの町、秋葉原は、そんな彼の背中を溢れんばかりの光で照らしていた。






          §






「という訳で、君達を連れてきた次第だっ!」


 真っ白な大空間の中心。

 台に乗った怪しい少年、もとい神のした説明に、この場にいる殆どの人間が、心の中で歓喜の雄叫びを上げた。


「いきなり連れてきたのは悪いと思うが、私も興奮していたのでね?」


 現在進行形で拉致監禁をしてケラケラ笑っている神を、しかし責める者は数少ない。


 連れてこられた1人であるも、困惑の前に喜びが来ていた。


 男は神の手に握られている、1冊の本に目を向ける。


 その題名は



 

 

     【ダンジョンから見る異世界侵略】





 ――「さて、何か質問はあるかね?」


 男が今までの説明を頭の中で反芻していると、隣の眼鏡をかけた少年が手を上げる。


「要するに、異世界からモンスターがいなくなったので、私達がダンジョンマスターとして赴き、モンスターの供給兼人類の間引きをすればいいのですね?」


「その通りだ。そのために世界中から、日々こちら側のことを考えている君達を連れてきた」


 言葉通り、周りを見れば多種多様な人種が見て取れる。


「他には?」


「憧れてたとは言え、俺らの中にも、同族を殺す準備なんて出来てない奴が多いと思うぞ?」


 手を上げた青年の質問を、眼鏡が鼻で笑う。

 それを横目に、男は神の答えを聞く。


「重々承知だ。その点については考えてあるから、追って話すよ」


「……分かった」


 見渡す神に、今度は金髪の男子が手を挙げた。


「地球での俺はどうなりますか?」


(英語か?……どうなる、私、地球?)


「うむ、君達の存在は元の世界から完全に消失している。故に君達の家族、友人の記憶に君達はいない」


(地球ではどうなったか聞いたのか)

 ……なるほど。男は安堵した。妄想していた中で、2番目に良い結果だ。


 親が最も悲しむのは、突然消えた子を想うことだろうから。

 ……寂しくはある、が、夢見ていたこと。こうなった以上全力で楽しむまで。

 無理矢理吹っ切れた。


 大体が自分と同じような反応だが、そう簡単に割り切れない者も中にはいる。


「ふざけんなっ!今すぐ家に帰せ‼︎」

「そうよっ!帰してよ!」

「あんな世界、妄想してるくらいが丁度いいんだよ‼︎」

「そもそもお前が神だって確証もないしね」


 反発する者達が、神に向かって声を荒げる。


 男も彼らの気持ちが分からないわけではない。静観していると、


「う〜む、こうすれば納得するって書いてあったんだけど。……まぁいいや」


 神が大して表情も崩さず、人差し指を立てた。


「まず帰せとの事だが、それは無理だ」


「は?」


「君達の魂は地球の輪廻から外した。よって私の要求を断った場合、消滅、君達なりに言うと、死が待っている」


「……嘘」


「それから2つ目」


 神が中指を立てる。


「私が神である証拠だが、君達が今こうしていること自体が、証拠にはならないだろうか?……それとも、全員が納得するまで、1人ずつ消していこうか?」


 ニヤリと笑う神に、空間内が静寂に包まれる。


 ……数秒続く沈黙。


 そんな人間達の表情を見て、神は吹き出した。


「なんてねっ。そんなことするわけないだろ?せっかく集めたのに」


「「「「……」」」」


 笑えない冗談だ。腹を抱える神を全員で睨む。


 ひとしきり笑った後、神は涙を拭い、全員を見回した。


「そもそもさ、君達100人ちょっとが生きてようが消えようが、元いた世界に変化なんて起きないんだよ?

 君達がいるおかげで、科学技術が発展するわけでも、地球の環境が改善されるわけでも、人類が直面している問題を解決出来るわけでもない。

 君達はあの世界では、ただ他より少し想像力が豊かな、その他大勢に過ぎないのさ。中には社会に馴染めず、他を否定することで、必死に個を確立しようとしている者もいるじゃないか。

 私はそんな君達に、唯一無二の力を与えると言っているんだ。

 どこに拒む理由があるんだい?」


 そう問う神の顔は、まるで純粋な子供の様で、一切の穢れを纏っていなかった。

 心の内から、なぜ彼らが反論するのか不思議でしょうがなのだ。


 男は理解する。


 あぁ、あれは紛れもなく神だ。神でなくとも、少なくとも人ではない何かだ。


 その考えが、その精神性が、明らかに人間とはかけ離れている。


 声を荒げていた者達もそれ以外も、未知の恐怖に口を引き結んでしまう。


 再び空間を支配する静寂に、神がどうしたものかと悩んでいると、


「フハっ、ハハハッ、ノープロブレムだぜ神様よ!ところでどうして別世界の俺達なんだ?その世界の魂を使い回すのはダメなのか?」


 沈黙を切り裂き、1人の黒人が親指を上げて快活に笑った。


 張り詰めていた緊張感と気まずさが緩和され、全員がほっ、と息を吐く。


 空気を和らげてくれた彼に、神も同じポーズで返事をする。


「いい質問だ。此方の世界の人類は、総じてモンスターを完全な敵として認識している。その嫌悪が魂の奥底にまで刻まれているんだ。

 モンスターとくっつけようものなら、魂自体が破壊されてしまう」


「……それで本物のモンスターを大して知らない、俺達の出番ってわけか。

 うん、納得だ!サンクス!」


「いやいいさ。……やはり対象をオタクにして正解だったよ。この状況把握能力は驚嘆に値する」


 うむうむと頷く神は、目を閉じ満足そうに微笑んだ。


「他に質問は、……ないかな。

 それじゃあ気を取り直して、まず君達の種族を決めよう!」


 ざわめきが広がる。


「君達には今からくじを引いてもらう!中に入ってるのはこちら側の世界に存在している、もしくは存在していた種族の紙だ。


 君達はこれから、1種族の王となるわけだ!」


 神は満面の笑みで、そう言い放った。

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