幕間 生徒会長の苦悩②

鈴木 拓哉ことラディーヴァは頭を抱えていた。

昨晩、なし崩し的に探していた王の御子との接触に、ようやく成功したのは大変喜ばしいことである。

しかし当の本人からは不審がられ、かつあからさまな態度が裏目に出てしまったのは、計算外だったと反省した。

ただいくらこれまで人として生活し、普通という基準の暮らしを過ごしてきた少年だからといって、気やすい態度をするなど言語道断と見ている。

故に敬称は必ず付けているのだが、残る二人があまりの態度を取るために、どうにも自分もその枠に当てはめられてしまっているのが、とても心外だった。

何とかして信頼を勝ち取らなければと、今後の方針を話し合おうと思っていた矢先に、もう一人探し続けていた人からの電話に、度肝を抜かれる。

こちらで手に入れた連絡ツールとしての電子機器という便利さに、最初は驚きもしたが、慣れてくるとこれは凄いと竜ながら感心したほどだ。

狼ともう一人の竜は覚えるのが面倒くさいといって、最低限の機能しか使わずにいるため、メッセで送り連絡したくても電話すらラディーヴァからかけなければ、二人は出ようともしない。

やたら疲れることが増えたなとやることが増える彼に、特大級の爆弾を持ち込んできた彼女に頭を悩ませられ、ラディーヴァはとある一般住宅に足を運んでいた。


「改めて、久しぶりねラディ。 それから、貴方はキールよね? 人化するとそんな顔になるのね?」

「お久しぶりでございます、ミリアリス様。 ご無事で何よりでした。 それより、そのおぐしはどうされたのですか?」

「これ? 隠蔽しているの、元の髪じゃ色々と目立ちすぎるからね」


力也が登校してからしばらく経った、午後のこと。

ラディーヴァはキールを伴い、力也とその母である美里亜ことミリアリスが暮らす住宅街の一角に、ようやく足を踏み入れることができた。

それも昨晩連絡した際に、スマホの中に転送された目印となる魔術印を証明書代わりにすることで、聖域へ足をいれられるようになる。

住所は把握していたので迷わず向かい、インターホンを鳴らし、応答する声に思わず頬がひきつり、案内されるままに玄関を開けば、呑気すぎるほど彼女は陽気に手をあげて挨拶してきた。

もうどこから突っ込んだらいいのか分からないと、ラディーヴァが頭を抱えているのを気にした素振りもなく、ミリアリスと人化したままのキールが仲良く談笑している。


「とりあえず上がって。 あの子もまっすぐ帰ってくるから、ここで二人を待ちましょう。 あっ、人化術は解いていいわよ。 その方がこっちも落ち着くからね」

「おっ、それじゃあ遠慮なく失礼させてもらいます! ほら、ラディ。 んなところで頭抱えてないで来いよ」

「……どうして貴方はいつも通りに振る舞えているんですかね?」


家の中へ上がるよう促され、かつ人化を解いていいと許しをもらえたので、キールは迷わず狼へと戻る。

礼を拝しなければならない相手を前に、いつも自分やノルンに見せる態度に何をどういえば良いのだろうと頭痛がしてきた。

そんなものに悩まされるほど竜という存在はか弱くないが、人化するようになってからか、気苦労が増えた気がすると、ラディーヴァは己の不運を嘆く。



「ともあれ、久しぶりね二人とも。 元気そうで何よりだわ」

「はい、おかげさまで……、と言うとでも思っているのですか、ミリアリス様!」

「やっぱりそうなるか〜、あんまりカッカしてると竜とはいえ血管が切れるわよ?」

「切れる原因を作っているのは貴方様でしょうが!」


リビングへ赴き、信じられないほど狭い室内に愕然とするラディーヴァを捨て置き、上座に座ったミリアリスに促され、キールと隣り合わせで腰掛けた。

そしてこれでもかと呑気に挨拶してくるのだから、我慢はすでに臨界点を超えるのは自明の理と言えるのかもしれない。

立ち上がる、まではしないものの、テーブルを叩いて断固抗議するとばかりな剣幕を浮かべる、未だ人化したままのラディーヴァに、ミリアリスはほとほと困った顔を浮かべていた。


「そんなに怒らなくても良いでしょ? どの道いつかは接触しなくちゃって、私も思っていたんだから」

「そうですね、では時にミリアリス様。 私たち3人がこの街にいつから来ているのか、ご存知でしょうか?」

「1年前からでしょ?」

「知っているじゃないですか! それでは何ですか!? 私たちがあれほど必死に探し回っている中、この聖域内なかで貴方は一人ずっと引きこもっていたということですよね!? どうして来たと分かった時点でお声がけくださらなかったのですか!!」

「いやぁ、それはね、色々とね?」

「面倒だったんですね、俺たちに会うのが」

「それもあるわ。 でも大部分で、力也に話せずにいたから、どうしたものかと悩んでいたのよ」


ラディーヴァの問いに、誤魔化しは効かないと分かっているのか、正直すぎる告白をするミリアリスに、やっぱり竜は頭を抱えてしまう。

要するに、ずっと来ていることを知っていたのに、あえて接触しないようにしていたというのだから、彼からすればどうしてとなおのこと憤りだけが募っていった。

そんな同僚の姿に同情を覚えつつ、キールの問いに真剣な顔で答える女性は、悩ましげな表情を浮かべている。

だからあれだけ拒絶反応が強かったのかと、ラディーヴァにしてもキールにしても、どこか腑に落ちた気がした。


「でもそれじゃ、こんな馬鹿げた結界を作る理由には少し足りないですがね。 正直にお伺いしますが……、?」

「……ええっ、貴方たちが来る前に、二度ほど狙われているの」

「それは……、もしや力也様を狙っている岡田の手のものだと?」

「そうじゃないの、そうじゃなくて……、単純に私が原因なのよ。 いえっ、どちらかといえば、向こうの逆恨みに近いんだけどね」


力也の背景が複雑なことになっているのは分かった、だがそれでも自宅周辺の地理にラディーヴァたちの認識すら把握できなくなるほどの結界を構築したのは何故か、キールはその答えとも言うべき問いを投げる。

ミリアリスは答えづらそうにしながらも、過去に何度か命の危険に晒されていると語り、ラディーヴァは今の問題である岡田 雅巳を思い出した。

あくまで原因はミリアリス本人であり、力也は巻き込まれただけだと語るが、魔獣たちの動きを見ても一概にそれだけとは限らない。

ならば考えられる結論は一つしかなかった。


「やはり、白に惹かれているのでしょうね?」

「間違いねぇだろうな、連中からすれば力也様は極上、なんて言葉で片付けられないほどの獲物だ。 ノルンを連れてきたのは正解だったな」

「ですがそれですと、魔獣を操るあの男とミリアリス様の関係に説明がつかないのですが……」

「それに関しては、本当にただの私怨だから気にしないで。 どの道、やり過ぎているから、代償はきちんと支払ってもらうけどね」


ラディーヴァとキールが改めて当面の目的をすり合わせていると、ミリアリスの態度が一変したことに意表を突かれる。

元からどこか突飛な性格をしている彼女に、実際に仕えているラディーヴァは何かと苦労させられていたが、今のような表情を見たことがなかった。

怒りの中に滲ませる、ほんのわずかな個人の感情を優先させるなど、彼が知る主の姿として見たことは一度もない。

ただ話を聞く限り、こちらも動いた方が良いかもしれないと席を立った。


「力也様とノルンを迎えに行きます。 少し胸騒ぎがするので」

「心配性だな、あいつなら心配いらねぇだろう?」

「いえっ、そちらの方は心配していないのですが、何といいますか……、余計な仕事が増えてる気がしてならなくて……」

「ラディ? どうしたの、そんな顔するなんて」


気になると言って立ち上がるラディーヴァに、キールが声をかけるが、現在進行系で猛烈に、嫌な予感がしてならないと口にした瞬間、ある一点を見て男の時間が止まる。

完全に静止した姿と顔に、ミリアリスがどうしたのかと尋ねる声にも反応せず、唖然とした表情から次第に体が震えだした。

これはマズい、そう直感で悟ったのか、キールとミリアリスはそそくさと立ち上がり、その場から離れた時、ラディーヴァの周囲に強力な電解質の渦が発生し、パリパリと空気中で弾けだす。

直後、掛けている人化術が思わず解けてしまうほどに、碧い竜はその方角を見たまま怒鳴り声を上げた。


「……何を、何をしているのですか貴方はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


それはここにはいない彼女に向けての怒りであった、それはここにいない彼女が後々、自分に悪びれもなく後始末を任せると言ってくる未来に向けての怒りであった。

自分たちは関係ないからと、他人事と決め込んでミリアリスとキールは離れたところで見守るだけに留めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る