第1章 2-3 side:R
少し前、力也が去ってから少し経った頃、明美ことノルンは拠点にしている住処の窓から外を眺めていた。
暗く重い世界と化した様子を無感情に見つめ、護衛対象となる少年が歩いていった方向を凝視する。
ついて行きたかったが、それはダメだと止められてしまい、少しだけ納得できなかった。
背を向けて無言でじっと見ているだけの少女に、狼の男が呆れた雰囲気で話しかけてくる。
「いい加減に機嫌直せ。 仕方がないだろう、この場合は」
「それでも承服しかねます。 何が起こるか分からないというのに、お一人で帰すなどと」
「言いたい事はわかる。 でもな、これ以上不信感を抱かれると動きにくくなるのはこっちだ。 これ以上溝を作るようなことになれば、拒絶されるかもしれないんだぞ? それでいいのか?」
ソファーに座り、新しく淹れ直した紅茶を飲んでいるキールの言葉に、ノルンはムッとしつつ、確かにと納得してしまった。
そもそも彼女の場合、力也本人への接触を勝手にしてしまい、顔見知りにこそなったは良かったが、警戒心むき出しの状態に追い込んでしまい、この事でもラディーヴァとキールの二人から怒られている。
悪い事ではないと思っていたが、先の話し合いにおける態度からしても、信頼が得られていないのは彼女にも分かるので、これ以上余計なことをすれば自分にとっても良くないのだと分かった。
「では今後はどうされるのです?」
「まぁ待て。 とりあえず、やらないといけないことがあるからな……」
だが事態は急変し、護衛対象の命が狙われるという展開にまで発展したため、悠長なことをしていられないのも事実。
ノルンが振り返り問いかけると、キールはカップ片手にそっと部屋の隅で蹲る竜の姿を見つめていた。
「いつまでいじけてんだよ? こうなっちまった以上は仕方ねぇだろうが」
「うるさいですよ、少しくらい自己嫌悪に浸らせてください……」
「そんなに悩むことはねぇだろう? ノルンみたいに不審がられてないだろうし」
「そんなことはどうでもいいのです」
「どうでもいいのかよ、じゃあ何だよ?」
「この部屋ですよ! 完璧にお迎えするためにアレコレ準備をしていたのに! 家具も、壁紙も、食器も、何もかも後回しにしていたところへ勝手に力也様をお連れして! 無様なところをお見せしたことが何よりも情けないのです!」
狼の声に反応するラディーヴァの様子に、ノルンは何をそんなに悩んでいるのかと思う、キールの言葉に少しだけ物申したくなったが、そこは我慢する。
碧い竜曰く、話したことよりも拠点の中身が彼にとっては見るに堪えないとのことだが、彼女はそんなに重要なものかと思った。
狼も少しだけ同意する部分ではあるが、ラディーヴァの立場を思えば仕方ないで済ませられる問題ではないのだろう。
突然連れてくるのではなく、事前に連絡すべきだったかと考えるものの、今はもうそんなことを気にしている場合でもなかった。
「とにかく話を進めるぞ。 力也様の今後について、ノルンは引き続き護衛を頼む」
「承知いたしました」
「それと一つ聞きたいんだが、本当にこの場所に住まいがあるんだよな?」
「……そうみたいですね、先ほども住所をお伺いしましたが、その辺りで間違い無いかと」
「なのに、俺たちの誰一人が、ここのことを認識できていない上に、近づけないっていうのか……」
キールの真剣な声に反応したノルン、そして落ち込んでいたラディーヴァも調子を取り戻し、ソファーへ戻って腰を落ち着ける。
目の前のテーブルには紅茶と、今しがた広げた周囲一帯の地図が広げられていた。
その中の一箇所、力也が現在住んでいると思われる場所について話になると、3人は顔を見合わせて覗き込む。
実のところ、力也の身辺を詳しく調べようとして、尾行を試みたことがあった。
ところが何度ついて行っても、必ず見失ってしまい、遠見で覗き込もうとしても座標を特定できず、位置する場所は常にホワイトアウトの光景が見えるだけ。
それ以前に、彼らから見れば力也の自宅周辺は再開発をしていて、誰も近づけないとつい先日まで思い込んでいたのだ。
「やっぱり結界だよな? 法式すら感知できないなんて、あり得るのか?」
「ミリアリス様なら可能でしょう。 恐らく地脈も利用しているのだと思います。 これはもう、結界というよりは聖域といえる代物です」
「ウヘェ……、あの方もヴァルフレイル様に負けないくらいデタラメだよな…… 。 本当に元人間かよ?」
「……一つ、よろしいでしょうか?」
「何ですか、ノルン」
「そもそもなぜ、そのようなものを作る必要があったのか、という点が気になります」
地図を見るキールに、手を口に当てて答えるラディーヴァの言葉には確信こそ無いものの、可能性は十分にあると示される。
ノルンにすれば本当なのかと疑問は湧いてくるものの、素朴すぎる謎があった。
ただそれはキールにしても、ラディーヴァにしても同じ考えだったのか、彼女の言葉に顔色が変わる。
「ミリアリス様が本命、ということなんだろうな、やっぱり。 ただ、魔獣の動きがな……」
「はい、確実に力也様を捕食しようとしていました。 贄の抜け殻を捕食するのはともかく、間違いなくあの方の力が何か、分かった上で行動していたはずです」
「妙な連中が蠢いているわけですね、そういう意味で厳重に守りを固める必要があった、というところですか……」
ミリアリスの構築した聖域が何を意味し、何を目的に構築し、どうして自分たちにまで影響を及ぼすものにしたのか、誰にも分からない。
こればかりは直接本人に聞かなくてはと考えた時、不釣り合いなデジタル音が響いた。
何事とノルンが辺りを見渡すと、ラディーヴァが懐から出したのは連絡用ツールとして活用している、スマートフォンから鳴っている。
ノルンとキールも持ってはいるが、どうにも慣れず携帯していないのだが、碧の竜は使いこなしているのか、画面を見ながら訝しげに操作して通話し出した。
「もしもし、どなたーー、えっ?」
呆然とするラディーヴァに、ノルンはどうしたのかと眺め、キールはもしやと様子を伺っている。
次の瞬間、歓喜と憤怒、哀愁と杞憂と、あらゆる感情を爆発させながら話すラディーヴァを目撃することになった。
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