第1章 1-4 トラブル襲来

「そういう訳だから、今度うち来たら母さんの前では悪役令嬢とか転生系作品の話題、振るの禁止でよろしく」

「いやっ、よそのお母さん相手にそういう話題を振るってどうなのよ」

「そうだな、俺はおばさんならきっとざまぁするよりされる方だと思うんだ」

「そっち?」


 翌日、いつも通り学校へと向かい、午前の授業にある中休みにて力也は徹と若葉の二人と話していた。

 昨晩起こったことについて説明する辺り、少年と少女はそれとない頻度で力也の家に訪れていることが伺える。

 同時に二人は美里亜の反応を聞かされて、意外と感じてもいた。


「でも珍しいわね、おばさんがそこまで反応するの。 いつもほんわかしているから、怒ることなんてないと思ってた」

「そんなことねぇぞ? うちの母さん、キレたらずっと笑顔で威圧してくるぜ」

「えっ」

「あれ、めちゃくちゃ怖ぇよな……」


 若葉にとって力也の母というのは、いつも穏やかで清楚で可憐で、まるで物語に登場する貴族令嬢のようだと感じている。

 しかしそれはあくまで彼女の所感であり、息子の力也視点で見れば、怒らせないようにと品行方正に過ごした方が身のためと、身に染みて思い知らされていた。

 それに同調する徹をして、どうやら過去に二人して叱られた過去があるのだとすぐ理解するも、顔色が悪いのを見てこれ以上詮索しない方が身のためだと、少女は聞かないことにする。

 ただ力也にしても、美里亜という母が出来すぎているほど完璧な母親像を描いているので、余所の母親の話を聞くだけで、ありがたいことなのが分かっていた。

 適度に厳しく、優しくも甘くなく、だからといって過剰に干渉することもなければ、放任しすぎることもない、絶妙な距離感を守ってくれている。

 何をどうしたらあそこまで完全無欠な人間になれるのかと、同じ種とはとても思えなかった。


「力也のお母さんって美人で性格も良くて、料理も上手でしょ?」

「おまけに人当たりもいいし、うちの母ちゃんもおばさんは人が良すぎて心が洗われるって、暇があればお茶してるっていうぜ」

「うちも。 おばさんは聞き上手だから、ついなんでも相談しがちだって言ってた」

「それに比べてこの息子は」

「ええっ本当にこの息子ときたら」

「お前ら好き勝手に言いたい放題いってんじゃねぇ」


 双海家と島崎家は竜藤家とそれとなく長い付き合いを続けており、母親同士も友人とあって、暇があれば交流を続けているという。

 ただ美里亜が絵に描いたような絶世の美女、というよりは少女のような見た目をしていることもあり、双海と島崎の父親は接触禁止を言い渡されていた。

 一度顔合わせをしたところ、双方の男は見惚れてしまい、口説きそうになってしまったとして、一方は自主的に、一方は制裁を与えられる。

 物語にしかいないような母親に羨ましいと感じつつ、目の前でだらけてのんびりしている、残念イケメン系な力也を徹と若葉は哀れな瞳を浮かべて言葉を濁した。

 あんな人外じみた母親と比べられるのは心外すぎる、そう反論しようとしたところで教室の扉から熱烈な視線を向けられていることに気づく。


「……げっ」

「どうした? あっ、美山先輩だ」

「ほら、さっさと行ってきなさいよ」

「断ったのにな……、全く」


 力也は露骨に嫌そうな顔をしたので、幼馴染二人が振り返った先には、かなり派手目な上級生の女子生徒が立っていた。

 徹が美山と呼んだ少女が、遠くから力也の名を呼んできたため、聞こえない振りをするのはダメだろうと、重い腰を上げる。

 助けてあげたいところだが、こればかりはどうしようもないと徹にしても若葉にしても、見守ることしかできなかった。

 気が滅入る思いで力也が近づくと、少女は嬉しそうに頬を緩ませてまくし立てるように話しかけてくる。


「竜藤くん、返事は考えてくれた?」

「あの、お断りしたはずなんですけど……」

「何よ、アタシと付き合うことに何が不満なのよ?」

「ですから、今はそういうことをするつもりはなくてですね……」

「うるさいわねぇ、あなたは黙って首を縦に振っていればいいの! このアタシと付き合えるのよ、喜びこそすれ、断るとかマジありえないんですけど!」


 傲慢さを隠そうともしないで、美山という少女は力也へと距離を詰める。

 言葉が乱れないよう、落ち着こうと冷静に自分へ言い聞かせて改めて返事をするが、逆に彼女の気を逆撫でする羽目になった。

 この学校に入学してから、力也はその髪と整った顔立ちから、同級生のみならず上級生の女子から好意を寄せられていたことがある。

 誰が最初に告白したのか、連日手紙をもらうこともあれば、呼び出されて想いを伝えられることもあり、男子冥利に尽きるといって過言ではなかった。

 だが力也本人は今のところ誰かと交際する気がなく、丁重に断り続けていると、いつしか伝わったのか、騒ぎは収まり平和が戻る。

 しかし目の前の少女はそのつもりがないのか、ここぞとばかり教室まで足を運んでは、無理やりにでも付き合うよう強要するまでになっていた。


「いいからアタシの彼氏になりなさいよ!」

「いやっですから……」

「もう! いい加減……!」

「何をしているの?」


 苦笑し、隠し切れないほどの戸惑いが出ている力也など気にした様子もなく、少女は怒りを滲ませて腕を掴み、なんとしても肯定の返事をさせようと躍起になる。

 先輩といえど、あまりに無遠慮な彼女の姿に徹と若葉を含めたクラスメイトたち、廊下で騒ぎを見ていた生徒たちは不快感を覚えた。

 いつ少女の方から手が出るのかと、周囲がヒヤヒヤし始めた時、激流を制する静水のように一人の少女が割り込んでくる。

 力也と美山が振り向くと、そこにはやはり肩に竹刀袋を担いだ佐藤 明美が無表情で立っていた。


「何よ、アンタには関係ない。 引っ込んでろブス」

「質問に答えてない。 何をしているの?」

「うっせぇな! この猪女! いきなり割り込んでくるとか、マジありえないんですけど!? ねぇそうだよね、力也くん? こいつうっざいよね?」


 露骨に敵意を剥き出しにする美山の刺がある物言いを、涼しい顔で受け流し、再度質問を返す明美の態度に力也は背筋が寒くなる。

 上から目線の言葉遣いに激昂したのか、少女が言葉を荒げて罵倒し、力也へ顔を向けて何もしていないアピールをしてきた。

 ここで彼女に同調しても、明美に返事をしても、結果は変わらず、美山という少女の不興を買うことになってしまう。

 八方塞がりの状況に陥った少年は助けが来ないかと切に願っていると、状況は加速した。


「ほら、力也くんも困っているんだから、さっさとどっか……!?」

「何をしているの? いいから答えなさい」

「おい、いきなり触っ……いっ!? いった!? 痛い痛い痛い痛いっ!?」

「その口は飾りなの? 私の質問に答えることもできないのに、戯言を宣うことは達者なんて、都合のいい発声気管ね」

「アンタに関係……、いやぁぁぁぁぁぁっ!? 痛い痛い、ヤダヤダ、痛い痛い痛い〜〜〜〜!?!?」


 敵認定した美山の態度が露骨なまでになり、力也へ擦り寄るように近づこうとした時、少年の腕を掴んでいた少女の手を明美が掴む。

 突然の接触に振り払おうとする、しかしそれは次の瞬間に少女の思考が痛覚により急激な浸食を受けてそれどころではなかった。

 骨を軋ませるような音が聞こえるほど、竹刀袋を持つ少女の握力はか弱いとは言えず、激痛に泣き叫び暴れる彼女を苦しめる。

 力也はもちろん、その場にいた生徒たちは驚きと恐怖に顔が歪み、一部からは悲鳴が上がり始めた。

 周囲が本当の意味で騒がしくなる中、力也が美山の腕を掴み圧迫し、本来なら曲がらない方向へ無理やり回そうとする明美の顔を見たとき、空恐ろしいまでに背筋が凍る。

 平然と虐げているにも関わらず、その顔はまるで無、感情という色を一切浮かべていなかった。

 それどころか、こうして少女を痛めつけていることも、当然のこととばかりしているのも感じとれ、このままでは最初に予期したものよりも最悪すぎる展開になると悟る。


「佐藤先輩! それくらいで止めてあげてください!」

「……? よろしいのですか?」

「このままじゃ腕が折れちゃいます! だから止めてください!」

「承知しました」

「……はい?」


 自分にできることは説得だけ、意を決して力也が明美へと声をかけ、暴力を止めるよう訴える。

 対して少女はあどけないまでにキョトンとした顔を浮かべてきたので、一瞬呆気に取られたものの、これ以上はやりすぎだと伝えた。

 すると、間髪入れずに受け入れた明美が力を抜き、美山の腕を離したので、力也はもちろん、見守っていた生徒たちは唖然とする。

 ようやく激痛から解放された少女は力也と明美の二人から数歩離れたところまで下がり、その目に涙を浮かべて睨み付けてきた。


「何なんだよ、この暴力女……! パパに言いつけてやる! アンタなんか学校どころか、生きていけなくなるくらい追い込んでやるからな!」

「それで、何をしていたの?」

「……はっ?」

「この人に何をしていたの? さっさと質問に答えなさい」

「なっ、なっ……!」

「知能指数が低すぎるのかしら? こちらの問いに答えられないなんて、どうしようもないほど不出来な存在なのね、貴方」


 罵倒し、親を前に出すといってくる美山にやっぱりこうなってしまったかと、力也はため息をつきたくなるが、それ以上の展開が巻き起こる。

 こんな時でも表情を一貫して崩さず、明美はまだ終わっていないとばかりに質問を投げた。

 何を言っているのかと、憎悪すら抱いていた少女は目の前の敵を呆然と見るが、呆れて物が言えないと態度に出す明美が大きくため息をつく。

 出てきた言葉には憐憫はおろか、まるで眼中にないのも伝わるほどだったため、美山という少女はブルブルと悔しさがこみ上げ、逃げるようにその場から去っていった。

 一難去った、けれどまた一難残っているのは誰に言われずとも分かっている少年は、恐る恐る明美へ視線を向ける。

 何を言われるのかと身構えていると、すっとこちらへ顔を向けてきたため、全身が硬直した。


「何をされていたのです?」

「……えっ?」

「ですから、先ほどの少女と何をされていたのか、とお伺いしています」

「えぇっ……、その、ちょっと話を……」

「話、ですか。 どのような?」

「その……、交際してくれっていう、そのお断りの返事をしていたところで……」

「痴話ですか、なるほど。 身の程を知らないとはよく言ったものです」


 質問の対象を変えたらしい明美の問いに、戸惑いつつ力也はそれとなく答える。

 美山の意図はともかく、自分の意図としてこうしているところだったと言えば、感情をほとんど映さない少女の瞳に、僅かながら色が灯った。

 それが決して好意的なものではなく、敵意で満ちているのはどんなに鈍い相手でも気付けるほどに。


「失礼ながら申し上げますと、あのような手合いには毅然とした態度を見せるべきです。 曖昧な態度では付け入る隙を与えるだけ、不和を避けられているのは良い心がけかと思いますが、相手を選んで行動を変えるのも手です」

「あ、はい、どうも……」

「それでは、私はこれで失礼いたします」


 どんな攻撃が飛んでくるのかと怯える力也だったが、明美の態度はまるで自分を敬うような言葉遣いをし、背筋を伸ばして諫めてくれる。

 噂に聞く問題児、という話の佐藤 明美の姿に、誰も彼もがその様子を信じられないとばかりに見ているだけだった。

 問題は解決した、そう伝えると少女はすっと頭を下げてその場より去っていく。

 一貫して変わらぬ態度で歩く彼女の道行きを、生徒たちが左右に分かれて開けていき、力也はその背を黙って見送った。


「……なぁ力也くん?」

「何ですかな、徹くん」

「本当に知り合いじゃないのかね、君たち?」

「知らねぇよ、マジで……」


 一体何がどうしてこうなるのか、状況を飲み込めない力也に迎えにきた徹が優しく問いかける。

 聞きたいのはこっちと、嵐の申し子のような佐藤 明美にこれからも振り回され続けるのかと、ホワイトブロンドの少年は頭を抱えるのだった。

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