第1章 1-2 教師のお説教、生徒会長の襲来
「確かに地毛かもしれないが、だからといって君だけを特別視するわけにはいかなくてね。 というわけで、明日までに黒く染めてきてくれ」
放課後、1日の授業が全て終わった時、力也は担任教師の
ただでさえ髪色が目立っているだけに、視線の痛さに肩身が狭い思いでいると、案の定小言をもらう羽目になった。
髪染めをしてくるように、許可は得ているはずなのに、目の前の男は未だに諦めていないのだろう。
力也と顔を合わせれば露骨に嫌悪感を剥き出しにし、何かと嫌味をぶつけられ、しまいには染めてくるようにと、あーだこーだと文句を言われていた。
反論して逆上されても困るため、この時の力也は何を言われても反応は薄くして、適当に相槌を打つことにする。
ただ解放されるまで30分もの間、ずっと立たされることになるとは想定していなかったため、ようやく職員室を後にすることができた。
ヘロヘロになりながら生徒用昇降口へ向かうと、そこにはずっと待っていたのか、徹と若葉の二人が話し込んでいる。
「お疲れ。 岡やんどうだった?」
「キレッキレでしたぜ、超死ぬほど面倒だった……」
「また? それで挙げ句の果てに髪染めてこいっていうんでしょ? 校長先生込みで許可を得たっていう話なのに、何でそんなに目の敵にされてるの?」
「俺が聞きたいっつうの……。 ハァ、やっと帰れる……」
授業後に担任教師のお小言の雨を数十分も晒されたため、力也はいつも以上に疲れ切っていた。
帰りは頼まれた買い物をしなければならないのにと、買い出しが億劫になってしまう。
ほとほと困ったものだと、助けることはできなくても、共感することはできる徹と若葉はそっと肩を叩いてくれた。
優しい気遣いに心が癒されたので、気持ちを切り替えて自分専用の下駄箱から靴を取り出し、3人は履き替えていく。
「若葉、今日部活は?」
「休み。 アンタたちはこれからどうするの?」
「俺は母さんに買い物頼まれているから、駅前まで行くつもりだ」
「俺の方は何もないから、力也についていくか。 そのついでに、約束を果たしてもらおう♪」
「マックのフルーリーでいいか?」
「しゃあねぇなぁ、それで手打ちにしてやるよ」
「へぇ、面白い話じゃない。 私も一口乗らせてよ?」
「何で2人分奢らなきゃならねぇんだよ……」
力也・徹・若葉の3人は小学校から高校と、ここまで長い付き合いをしてきているので、気心もしれた仲だ。
高校生ともなれば、ある程度の所持金の持参が認められ、学校帰りに何かを食べるというのも可能になる。
学則などで禁止しているケースはあるが、力也たちの高校は節度を守っていれば、容認するという少し緩めに設定されていた。
徹はともかく、若葉にまで奢る流れになっているので、絶対に死守せねばと意気込んでいると、呼び止める声が響く。
「やぁ、ちょっといいかな?」
「えっ……、す、鈴木、先輩!?」
「……こ、こんちわっす」
「どう、も……」
「こんにちは。 すまない、急に呼び止めてしまって、今大丈夫かい?」
振り返る3人衆が見たもの、それは昼の食堂でちょっと騒ぎを起こしたことでも有名な生徒会長だった。
スラリとした長身に長い手足と、モデル体型をした男子生徒だが、それに比例して体つきも決して細いわけではなく、程よく鍛えられているのだろう。
顔つきもいわゆるイケメンの部類に当てはまり、黒く爽やかな髪型もまた好印象を与え、女性はもちろん、男性すら憧れてしまうくらいだ。
突然の大物登場に、唖然とする力也たちを尻目に、人当たりの良い笑顔を浮かべた青年が歩み寄る。
「自己紹介が先だね。 私は
「い、いえっ! お、お噂はかねがね……」
「噂? どんな噂だい?」
「いやっ先輩、1年生で生徒会長選挙に当選して、会長に就任したんすよね? 普通にスゲェし、ありえねぇし、俺ら1年生ですら知らない人はいないくらいっすよ……」
「そこまで珍しい話なのかい? 私はただ自分のできることをしようと思って立候補しただけだから、何も凄いことはないと思うけどね」
「台詞がイケメンすぎる……!」
名を名乗る前に生徒会長こと鈴木 拓哉は当然自分から声をかけたのだからと、自己紹介をしてくれる。
萎縮する若葉の言葉に反応した拓哉に対して、徹が彼を知らない生徒は1年生でもいないと伝えるも、何でもないかのように謙遜した。
自身を卑下するわけでもなく、尊大になっているわけでもない、ありのままの言葉で答える彼の姿は力也にすれば眩しすぎる。
こんな凄い人がどうして自分たちに話しかけてきたのかと疑問に思うところだが、それはすぐに解決した。
「えっと……、君は確か、あ〜……、明美くんが気にかけている後輩、くんだったね?」
「えっ? あの、えっと、別にそこまでではないかと……」
「そうでもないよ、彼女は基本人に対して無関心なんだ。 そんなあの子が気にかけているのだから、それなりに興味を引いているんだと思うよ」
「は、はぁ……」
「それでえっと……、名前を聞いても良いかな?」
「あっ、すっすみません! 竜藤 力也って言います! よろしくお願いします、鈴木先輩!」
「俺、双海 徹です! 力也の親友です!」
「島崎 若葉です、2人とはその、幼馴染です、よろしくお願いします先輩」
拓哉の瞳が力也を捉えると、彼の言葉から出てきたのは昼に出くわした明美についてだった。
やはり旧知の間柄らしく、そんな彼女が気にかけているという力也が彼には気になっているのだろう。
下手したら痴話喧嘩的なものに巻き込まれたのかと、力也のみならず徹も若葉も可能性を考えた。
話が拗れるかと思われたが、どうやらそれが本題ではないらしく、拓哉は名前を聞いて良いかと聞いてきたので、力也を筆頭に全員が自己紹介する。
「竜藤 力也……、珍しい苗字だね。 それに、良い名前だと思います」
「ありがとう、ございます……」
「うん。 すまないね、呼び止めてしまって。 どうしても挨拶をしておきたいと思ったんだ、それじゃあ力也くん、徹くん、若葉くん。 気をつけて帰りなさい」
力也の名を聞くと、反芻するように拓哉が言葉に出したので、身構えてしまう。
どうやらおかしな展開になる様子ではないらしく、軽く挨拶をした後に拓哉がさり気なく気を遣って、踵を返して校内へと戻っていった。
後ろ姿まで様になる、歩くスタイルまで完璧すぎると後輩たちは見惚れてしまう。
「……有名人なのがよく分かるな」
「だな、二次元にしかいねぇレベルのイケメンが実在するとは」
「ところでさ、なんかあの人も力也のことをいたく気にしてるっぽくなかった?」
「……えっ?」
「あっ、やっぱ気づいたか? 俺てっきり佐藤先輩と付き合っている鈴木先輩が、イチャモンつけにきたのかと思ったんだけど、そんな感じでもなかったし」
「……知り合い、だったりするの?」
「まさか、見たこともないし、先月の入学式で生徒代表の時に初めて見ただけだよ。 今日みたいに話しかけられることだって、なかったし……」
まごう事なきイケメンであると、誰もが断言する鈴木 拓哉という存在に、男二人が完敗を認める。
対して若葉はそれ以上に、違和感を覚えており、それを出すと徹も引っ掛かりを覚えていたらしく、同調してきた。
力也もそれは薄らと感じており、初対面のはずなのに、なぜか先輩は懐かしむような視線を向けてきたため、戸惑いが出ないように抑えるので必死だった。
またしても不可解な謎が生まれてしまったと、幼馴染たちは深く考えても解決しないとして、内履きを片付けて出入り口へ向かう。
「なぁ、マックじゃなくてサイゼ行かねぇ?」
「賛成、奢るのは今度で良いぞ」
「私も付き合う。 なんか、腑に落ちない」
明美とは全く違う、爽やかすぎる嵐に巻き込まれ、情緒が破壊されかけたので、自分を取り戻そうと三人は繁華街へ歩いていった。
「……はぁ〜〜〜〜〜、ボロが出なくて良かった……!!」
力也たちが立ち去り、階段を上がろうとしていた拓哉が遠ざかる3つの気配が、校外へ出ていくのを感じてから重く息を吐く。
イケメンと騒がれる彼らしからぬ言葉だと、彼の表面のみしか知らぬ者は意外な一面と見なすかもしれないが、それは大きな間違いだ。
彼とて慌てることもあれば、驚くこともあり、感動で胸が打ち震え涙したくなることもあり、先ほどはそれを抑えるのに必死だったことに、幸い気付かれた様子もない。
階段に腰を下ろし、緊張から脱力する彼は頭を抱えてしまい、浮かんでくるのは先ほどのやり取りだ。
「何でもっと自然に振る舞えなかったんだ……、あれでは心象が良くないじゃないか〜、あぁっもう、精神鍛錬はしっかりやっているはずなのに、感涙して取り乱そうとするなんて、私もまだまだだな……」
ぶつぶつと独り言を述べる様はあまりよろしくないが、幸いにも人気はほとんどなく、多少不審な行動をしても問題ないとして、拓哉は自己嫌悪に陥る。
何をそこまで落ち込むのかというと、彼が自身の体たらくさに嘆くのは力也との会話内容からだ。
時々言い淀んでは、意味深な視線を向けてしまったので、どんなに疎い人間でも気づくこともある、実際に力也は拓哉が向ける感情に、少し戸惑う姿を浮かべていたので罪悪感が全身を蝕む。
情けない、そんな風に気落ちする拓哉へと近く足音が響き、気配の主が誰なのかを悟った拓哉がスッと立ち上がった。
「……こんなところで何をしているのです?」
「いえ、あの方がまだ学内にいらっしゃいましたので、その間に校内の見回りをしていました」
「カリキュラムが終わればすぐ帰還しなさい、そう伝えていたはずですが? 全く、貴方のそういうところは治りませんね」
それは鈴木 拓哉という青年の言葉遣いではなかった、非常に厳しく、相手の動機が何かを探ろうとするだけの気迫が込められている。
だが物怖じすることなく、平然と言い退けてしまう佐藤 明美は悪びれもなければ、圧倒されることなく、目の前の男を見つめていた。
何を言っても伝わらない、それが分かりきっているようで、それ以上は突っ込まない方が疲れないと男は切り替える。
「ラディーヴァ卿、今後についてですが」
「その名前を出すのはやめなさいと何度も言っているはずです。 こちらもノルンと呼びますよ?」
「はい、何ですか?」
「……もう良いです。 とにかく、私はこれから事務処理をしてから帰りますので、貴方は先に帰宅してください。 明日以降については、夜に話しましょう」
明美は拓哉という仮面を被っている男の、本来の名を無用心すぎるほどに出したため、男は諌めようとする。
しかし彼女は、彼女の本名というべき名で呼ばれても小首を傾げるくらいで、気に留めた様子がまるでなかった。
以前から偽名を名乗る必要性に懐疑的だったのは把握していたものの、ここまでとはと男は先ほどとは別の意味で頭を抱えてしまう。
ともかくここではまずいと、打ち切ろうとして彼女の横をすり抜けて階段を上がっていく姿を見送ろうとせず、女は口にした。
「なぜお連れしようとしないのですか? あの方だけでもお招きすることは、十分意味があると思いますけど」
「……何度も言ったはずです、あの方だけお連れしても、意味がないと」
「いるかどうかも分からない者を追いかけ続けるのは無駄だと、私は愚考いたします」
「その発言は聞かなかったことにします、今後二度と私の前でそのような不敬な言葉は控えなさい、ノルン」
背中を向け合うように会話する二人の間に、緊張感が走る。
壁と階段、床の建材に亀裂が生まれかねないほどの圧迫感に満たされるも、ラディーヴァという男と、ノルンという女は動じることはなかった。
淡々と告げる女の言葉に、男は被せるように言葉を重ね、圧し殺さんばかりの殺気を放つも、一瞬でそれを抑える。
これ以上話すことはないと、鈴木 拓哉へと戻った青年が階段を登っていくのを感じながら、女はポツリと呟いた。
「未練がましいわね、相変わらず」
「仕方がない話さ。 あいつにとっては全てであらせられた御方だからな」
「……っ、いつから聞いていたのです?」
彼女の独り言は誰に拾われることはないはずだった、だがそれを野太い男の声が拾い上げたため、思わず身構えてしまう。
竹刀袋を前にしたところで、数段降りた階段の脇からひょっこりと姿を現したのは、少し柄の悪い男子生徒だった。
気配を感じさせることなく、盗み聞きしていた男に対して嫌悪感を隠すことなく向けるが、臆することなく彼は続けた。
「とりあえず、お前のやることは変わらない。 引き続き、アルガルフ様を護衛してくれ」
「承知しました。 騎士長はこの後どのように動かれるおつもりですか?」
「ラディーヴァと話し合ってからだな。 この街、どうにもキナ臭すぎる上に、妙に気配を感じにくいのも気になる。 やれやれ、200年近く探し回って見つけたと思ったのに、問題ばかり増えていくな」
指示される言葉をノルンは拝命したとばかり、足を揃えて敬礼する。
上官に対する礼を軽やかに披露したところで、騎士長と呼ばれた男は気が重そうな顔つきで問題の大きさにため息をついた。
それらに対して、意見するだけの立場をノルンは与えられていないため、気になるもののやるべきことは変わらない。
自分たちがずっと探し続けていた至宝をようやく見つけ、その時を迎えるために、彼女は自分ができることをするだけと決意を新たにするのだった。
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