第41話 エルの尋問


 ――一週間ほど前、ブロンストで禿頭魔族に襲われ氷漬けにされたロフィ夫妻。

 駐在の魔法使いでは対処できず、そのままブロンストの施設に安置されていた夫妻の生存は、もはや絶望的と思われていた。


「ブロンストでたまたま話を聞いた。エテルオ孤児院やパパにとって大事な人が襲われたって。それで状態を見せてもらったら、そんなに複雑でも強固でもない魔法だったから」


 いつもの眠そうな目で、言う。


「こう、ちゃちゃって」

「魔法を解除した、と?」

「うん。氷漬けだったのが幸いだった。仮死状態だったけど、ちゃんと蘇生できたよ」


 そこまでさらりと説明してから、エルはハッとした。


「……もしかして、私余計なことした? パパ」

「いや、そんなことはないさ」


 リェダの言葉を裏付けるように、周囲の子どもたちが一斉に騒ぎ出した。


「すげー! さすが天才賢者!」

「ねえねえねえ! もっとお話聞かせてよ、エルお姉ちゃん!」

「あうあう。むりやばいの極み……」


 圧倒される賢者。リェダは穏やかな表情で言った。


「エル」

「な、何? パパ」

「フェムやリートゥラたちに代わって礼を言う。本当に、良くやってくれた。これであの子たちは心置きなく幸せになれる」


 エルは目を瞬かせた。

 それから視線を下げ、口元に柔らかな笑みを浮かべた。いつも無表情の彼女には、非常に珍しいことだった。


「よかった。パパの役に立てたのなら」




 ――リェダとエルは、院長室にやってきた。場所を変えるためだ。

 最初と打って変わって尊敬の目で殺到してくる子どもたちに、エルの方が目を回しかけていたのだ。

 それにリェダも、エルとはふたりで話をしたいと思っていた。

 改めて、じっくりと。


「この部屋、懐かしい」


 エルが目を細める。


「昔は、この部屋に入ったら大人みたいに感じてた。ちょっと変な気分」

「少し前にフラーネもここに来たんだ。似たようなことを言っていたぞ」

「そっか。ちょっと嬉しい」


 エルは言う。それから懐から人形を取り出し、魔力を込めた。

 リェダは目をしばたたかせる。


「それ、まだ持っていたんだな」

「ん。パパが作ってくれた私の宝物。むしろ私そのものだよ」


 エルの手のひらで、人形はくるくると楽しそうに踊っている。

 リェダは執務机に座った。


「フラーネもそうだったが、お前もひとりで来たんだな。その格好、仕事はしばらくお休みか」

「んー。まあ、そんなところ」


 言葉を濁すエル。手のひらの人形が踊るのをやめた。


「ねえ、パパ」


 エルはまっすぐリェダを見た。


「パパは四日前、どこにいたの?」


 来た、とリェダは思った。


 思いのほか、ストレートな質問。

 下手な小細工や婉曲表現は無用と考えたのか。

 十五歳と言えど、さすがに王都で揉まれてきただけはある。あの話し下手だった子が、成長したものだ。


 ――もちろん、そんな感慨はおくびにも出さない。リェダは応えた。


「どういう意味だ?」

「えっとね。この近くに魔族が出たってことは知ってる?」

「ブロンストでのことなら知ってる。ある意味、俺たちは当事者だからな。それとも、別の魔族が出たのか?」

「ううん。そんなことはないよ。それで、えっとね。パパは見たことあるかな。フラ姉のステラシリーズについて。その全部」

「この前孤児院に来たとき、自慢げに見せてくれたぞ。あれが全部なのかはわからんが、あやうく林に火の手が上がるところだった」

「そっか。それじゃあ、えっと。えっとね」

「……」


 ――いちおう、誘導尋問をしようとしているのだろうとリェダは思った。


 エルの人形を見ると、頭を抱えてぐるぐる回っている。わかりやすく「どうしよう」と悩んでいる。

 誘導尋問ならこの時点ですでに失敗だ。


 リェダは内心、不安になってきた。やはりエルは昔のエルのままだった。この引っ込み思案な性格で、しかも口下手では、王都でもの凄く苦労しているのではないか。

 いっそ王都へ職場訪問するか? 我が『娘』に誰ぞ不当な扱いをしていないかと。

 苦笑が顔に出そうになる。


 ――元魔王たる我が、人間の王都へ殴り込みか。

 まったく。これほどつまらん想像はないな。

 我が王都に行くのは、そこの人間たちが滅ぶときか、我が骸になって運ばれるときか。そのどちらかだろう。


「えっとね、パパ」


 ふと、エルが声の調子を上げた。人形も「これだ!」とばかり両手をぐっと握る。


「一緒に来て」

「は?」

「薬草。氷漬けだった人たち、確かに治したけど、ちゃんと快復できるように薬を作る。だから――手伝って」


 嫌と断るわけには、いかなかった。


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