第39話 避けられぬ問い
――フェムが元気になって、目を覚ました。
その話は孤児院中に広がる。
それまで恐る恐る様子を見ていた孤児院の子どもたちは、いっせいに騒ぎ出した。
リートゥラは子どもたちにも慕われている年長者である。その『妹』ともなると、皆のかまい方、懐き方はすごいものがあった。
リェダとティアロナは、そんな子どもたちを少し離れて見守った。
もちろん、ふざけ過ぎの場合は叱る。
だが、孤児院の子どもたちの賑やかさは、フェムの笑顔を保つのに役立っていたのだ。
――フェムの両親がどうなったかは、敢えてまだ、詳しく伝えていない。
もしかしたら、意識を失う前に両親の惨状を目撃していたかもしれない。辛い記憶は容易に蘇り、フェムの精神を削るだろう。
リートゥラや子どもたちとともに過ごしている間ならば、その苦痛から少しでも逃れることができる。子どもたちの明るさにはそれだけの力があると、リェダは身をもって知っていた。
――彼ら彼女らが動き疲れ、一休みの時間になったころ。
リェダとティアロナは、孤児院から出かけた。
厚手の長袖、長ズボン。ティアロナのエプロンには可愛らしい刺繍入り。いつもどおりの、孤児院での格好だ。
ふたりは建物の裏手に出ると、しばらく歩いた。
その先には、かつての恩師エテルオの墓がある。
途中で摘んだ花を手向け、リェダは墓の前で
「私はエテルオ翁のことを知りません。会ってみたかったですね。リェダ様をこれほど変えた人間が、どのような者だったか」
ティアロナは言った。孤児院の子どもたちを大事に思う心はあっても、まだ、その他の人間を心から受け入れる気持ちはない。
彼女にとって、今は亡きエテルオという人間は、リェダが大切に思っている相手という認識しか持てない。それは彼女にとって、とてももどかしいことだった。
「お前は先生が亡くなってからこちらに来たからな。正直、あのときは驚いたぞ」
振り返るリェダ。孤児院長の顔と、元魔王の顔のどちらともとれない表情だった。
「お前が通れる『
「私があなたの側に控えるのは必然と考えています。ですから、すべてはなるようになったのです」
さらりと告げる元部下。リェダは苦笑した。
ティアロナとて、人間世界の能力減衰と無縁ではない。こちらに来た当初の彼女は、かつて魔王の右腕として猛威を振るっていた頃と比べて大きく衰えていた。
しかし、ティアロナは他の魔族と違い人間の魂を食わなかった。
彼女を救ったのは、エテルオの召喚によって曲がりなりにも魔力を維持できたリェダの力である。
リェダは、墓に視線を戻した。
表情が消える。
「なるように、か。ここまでやってこれたのも、また奇跡なのかもしれない」
元魔王は部下の名を呼んだ。
「お前はどう思った。教え子たちの成長を」
「一言で表現すれば、『脅威』でした」
ティアロナは答えた。
――先日の夜。ブロンスト郊外の農地にて。
フェム一家を襲った
リェダたちのもとに勇者と賢者、そして騎士団の一行が現れた。
人間と違って夜目の利くリェダとティアロナは、彼らが敵対してきたと気づいたのだ。自らの教え子であるフラーネとエルがその場にいたことも。
距離は五十メートルはあった。
だが、彼女らの気迫はリェダたちの元まで確かに届いた。
そして放たれた、エルの古代魔法。フラーネの絶技ステラシリーズ。
フラーネも、エルも、リェダたちには気づいていない。それだけ本気で討ち滅ぼしに来ていた。
当然。
リェダとティアロナに、教え子たちへ反撃する選択肢はなかった。
絶技が自分たちの元に届く間際、リェダによる転移魔法でふたりは難を逃れたのである。
それでも、大技の余波は爪痕を残した。リートゥラが見た裁縫作業は、脱出の際にダメになった服の補修のためである。
もし、あの技をまともに受けていたら。
リェダもティアロナも、無事では済まなかっただろう。
たとえ消滅を免れても、その場に倒れ、動けなくなるのは目に見える。
そうなれば――知られてしまう。リェダたちが愛し、それゆえに知られてはならないと心を砕いてきた彼女たちへ、自分たちの正体が知られてしまうだろう。
「リェダ様」
ティアロナが言った。周囲に人はいない。この忠実な部下は、マスクを外し、敢えて偽装魔法を解いて、リェダにたずねた。
「フラーネやエルに我々が魔族であると知られたら……どうされるおつもりですか」
――それは避けて通れない問い。
リェダが元魔王であり、フラーネが勇者である限り。
ティアロナが魔王の右腕だった魔族であり、エルが賢者と呼ばれる魔法使いである限り。
いずれかが狩る側で、いずれかが狩られる側なのは変わらない。
リェダの答えは――もう決まっていた。
「そうなったら、俺は孤児院の存続を第一に考える」
リェダは、エテルオの墓をじっと見つめながら言った。
元部下ティアロナもまた、墓を見る。
彼女は理解していた。リェダの決意の意味。
孤児院の子どもたちの命と将来は、何があっても護る。
それが叶うのならば――たとえリェダ以外の誰かが孤児院を引き継いでも構わない――勇者に討伐されるときを、受け入れよう。
そのように、かつての主は考えているのだとティアロナは悟った。
元部下は、元魔王の袖をそっと握った。
わかっている。理解している。だが彼女は言いたかった。
かつて、自らを置いて姿を消したあのときを繰り返さないように。
「おひとりでいかれるのは、許しませんから」
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