第36話 そして邂逅する


 ――翌日。

 リツァル蒼騎士団と王立魔法研究所特務研究室の混成団は、カムダカ村を出発した。


 いつもは整然と馬を進める騎士団のメンバーだったが、この日は妙に落ち着かない態度を見せる。

 それというのも、隊の中段に位置する勇者と賢者に、否が応でも注目が集まったからだ。


「ちょっと意外。エル、まだ馬に乗れなかったんだ」

「……魔法の研究と乗馬は分野の次元が違う……乗馬、むりやばい」


 心なしかぐったりした表情で答える天才賢者。

 エルの背中が触れる位置にフラーネが座り、手綱を握る。


「ゆ、勇者様と賢者様が同じ馬に……」

「こんなお姿、もう二度と見られないぞ」


 ざわつく周囲。


 ――エルとしては、邪魔にならないように同じ研究室のメンバーと一緒に行動するつもりだった。

 が、昨日の不用意な一言がどうしても気になり、こうして同じ馬に乗せて貰うことを申し出たのである。

 勇者はとても喜んだ。普段のフラーネを知る騎士たちが若干引くほどに。

 体格的にはエルの方がやや大きい。それでもフラーネは軽々と馬を操る。


 ようやく他の騎士たちも落ち着いてきたころ、ふいにフラーネが言った。


「ごめんね、エル」

「……フラ姉?」

「エルが別の仕事で近くまで来てたって聞いて。騎士団や研究室の人に無理を言って合流してもらったこと」

「いい。どうせ孤児院に寄るつもりだったし」


 それに、とエルは言う。


「フラ姉は特任自由騎士になった。多少の我が儘、問題ない」

「そっか。よかった。私、エルが来てくれてとても心強い」


 フラーネは微笑んだ。


 ――シザチータ川が見えてきた。

 川幅の広さに相応しい大きな橋にさしかかったとき、エルが言った。


「フラ姉は、今度の魔族をどう見る?」

「まだ情報が少ないから、予断を許さないけど」


 フラーネが勇者の顔つきになる。


「嫌な予感はしてる。情報が少ないってことは、考え無しに暴れ回る愚か者じゃないってことだから。エルを呼んだのは、ただ顔が見たかっただけじゃないよ」

「……敵、魔法、使う?」

「おそらくね。少なくとも、最下層の雑魚ってことはない。もしかしたら、古代魔法を使う奴かもしれない」


 古代魔法――。

 かつてこの世界に存在し、現在は失われてしまった四属性――風、土、光、そして闇の魔法をいう。

 エルは、それら古代魔法の研究者であり、王国でも数えるほどしか存在しない古代魔法の再現者でもある。


 現在の魔法使いは、火と水の二属性しか使えない。それは勇者の絶技、ステラシリーズが火属性と水属性の二種類に分かれていることにも表れている。

 その代わり、古代にはあまり使われなかった召喚魔法が発達していた。


 魔族の中には火と水の属性以外にも、古代魔法の属性を操る者がいる。そうした連中は、例外なく手強かった。

 まず、一対一では不利だ。


 エルは振り向いた。


「先行させた騎士のひと、ひとりで大丈夫だった?」

「彼は手練れ。もし遭遇したとしても、そう簡単にやられたりはしない」


 フラーネは一度、瞑目した。


「とにかく情報が必要。そのために先行して情報収集してもらったの。ブロンストに到着したら、まずは彼から話を聞きましょう。どう動くかは、そのときに決める」

「……わかった。勇者も大変」


 エルは人形をいじった。


「あんまり人前で慌てふためいたりできない」

「そうだね。でも、もう慣れたよ。リェダ先生さんに誇れる勇者になるためには、これくらいできなきゃね」


 力強い蹄の音を響かせ、勇者と賢者一行は進む。

 常歩なみあしである。


 ――ブロンストに到着したのは、そろそろ夕暮れという時間帯だった。


「……なんですって」


 ブロンストの騎士駐在所の前で、フラーネはつぶやいた。


 ――先行した騎士が何者かによって無残に殺され、駐在所の保管庫が荒らされた。


 勇者に報告した騎士は、無念そうにうつむいた。


 駐在所に駆け込んだフラーネは、いまだ血の臭いが残る現場を目の当たりにして立ち尽くした。

 遺体と装備品は回収されている。だが、血痕と建物の損傷は生々しく残されていた。

 フラーネは唇を噛んだ。それだけでは堪えきれず、自らの手を噛む。血の味が、沸騰しかけた頭に冷水と新たな思考をもたらす。


 ――私がらなければ。


 エルがフラーネを呼ぶ。賢者は荒らされた保管庫に立っていた。現地の騎士も一緒だ。


。これを見てください」


 愛称を封印し、エルが特務研究室の室長として言う。

 彼女が指差したのは、鍵付きの箱。ひしゃげて、中身が空になっている。


「ここには、ツァーリ男爵領事件の際に回収された赤い鉱石が保管されていたそうです」

「『宝玉』か」

「おそらく」


 フラーネの手が木剣の柄――魔族を断つ聖剣チェスターを握る。


「すぐに探索を開始する。敵は魔族で間違いない。しかも宝玉を手に入れ、さらに力を増している。なんとしても私たちの手で討伐する」


 フラーネの号令のもと、リツァル蒼騎士団は動き出す。


 そして――。


「止まりなさい!」


 ブロンストの郊外、耕作放棄地も目立つ場所で、ついに邂逅する。


「我が名はフラーネ・アウタクス。勇者の名にかけて、魔族を討つ者。覚悟せよ!」


 強固な決意を持って、勇者は名乗りを上げた。


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