第33話 勇者フラーネ・アウタクスが目指すもの


 ――時間は遡る。

 禿頭とくとう魔族によってブロンストの駐在所が襲われる、数時間前のことである。



 ブロンストの街から東に三十キロほど。

 シザチータ川という大きな川からさらに東へ行ったところに、ひとつの集落がある。

 カムダカ村。

 人口は村と呼ぶに相応しい規模だが、他の村々にはない大きな建物が建っている。

 王国騎士用の滞在拠点である。

 西部の水脈シザチータ川に近く、東西要衝の通過点でもあるカムダカ村。その地理的要因により、有事の際には拠点として使用できるように整備されたのだ。


 今――。

 まさにその『有事』に備え、王国の騎士たちがカムダカ村に集まっていた。


「おい。聞いたかい」

「ああ。ブロンストのことだろう」


 民家の軒先で、村人が噂話をしている。

 彼らの視線は、立派な鎧姿で往来をかっする騎士たちに向いている。


 ――ブロンストで魔族が出た。


 つい最近流れてきた噂は、カムダカ村の住人にとってじゅうぶん説得力があった。なぜなら、平時よりも明らかに騎士の数が増えていたからである。

 この村は特殊だ。迫る危機についてはどうしても敏感になる。


 すると、噂話をしていた村人の元へ数人の騎士がやってくる。いずれも大柄な男性で、いかにも腕に覚えがありそうな顔つきをしていた。


「おい。なにをコソコソ話している」


 騎士は横柄に言った。

 村人は恐縮して頭を下げながら、素早く顔と鎧の紋章を確認する。近隣に常駐する辺境騎士だと悟り、心の中で苦々しく思った。

 腕っ節だけでに上がれない騎士は、ある意味、災獣さいじゅうよりもが悪い。


「貴様らはいつもそうだ。耳との勘ぐりだけ上手くなる。貴様らを護ってやっている俺たちへの敬意が欠片も感じられない」


 騎士たちは酔っていた。まだ日は高い。

 そうだよ、と口にしたくなるのをぐっとこらえる。


「敬意の表し方くらいは理解しているよな?」


 胸ぐらをつかまれる。

 村人は思う。なぜ彼らは、うだつの上がらない自分の事を棚に上げ、村人に当たるのだろうと。

 騎士と一言で言っても、当たり外れが激しすぎる。

 特に、今のカムダカ村では――。


「やめなさい」


 凜とした声がかかる。

 それが若い娘のものだったためか、最初、粗暴な騎士たちは無視した。


 次の瞬間、騎士の腕を、横合いから細い手がつかんだ。

 防具の金属が軋みを挙げる。


「やめなさい」

「なんだと――」


 青筋を浮かべて振り向いた騎士は、二の句が継げなくなる。


 可憐な少女だった。

 鮮やかな青の長髪がわずかに逆立っている。すらりとした体躯にまとう、精緻な意匠の鎧。腰に提げた大剣と、場違いな木剣。


 いかに辺境騎士であろうと、今、カムダカ村に詰めている者で『彼女』を知らない人間はいない。


「勇者フラーネ……様」

「やめなさい。もうこれ、三回目だけれど。あなた方にはまっとうな判断力が欠けているのですか?」


 鋭い、あまりにも鋭い視線である。


 若干十八歳。並み居る強者を圧倒して特任自由騎士と勇者の称号を手にした天才。


 フラーネのつかむ小手が、さらに軋んだ。

 特任自由騎士は誰の指揮下にも入らない。彼女の思想と行動こそが指針となり、規律となる。

 つまり――今ここで叩きのめされても騎士たちには文句を言う資格がない。

 彼らは型どおりの謝罪をしてから、そそくさとその場を立ち去った。


 フラーネは村人に言った。


「大丈夫ですか?」

「はい。助けて頂いてありがとうございます」

「いいえ。私はお詫びを言わなければなりません。王国騎士ともあろう者が、民たちに手を挙げるのは本末転倒。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 厳しい表情から一転して、深く頭を下げるフラーネ。

 村人たちは別の意味で恐縮しきりだった。

 青い髪をたなびかせ、勇者少女が颯爽と踵を返す。


 村人たちは改めて思う。

 騎士と一言で言っても、当たり外れが激しすぎる。

 そして間違いなく、今しがた自分たちを助けてくれたあの少女は大当たりの部類に入ると。


 凜々しく、強く、公正で、優しく、そしてなにより美しい。

 それが特任自由騎士であり、稀代の強さを持つ勇者フラーネ・アウタクスへの評価であった。




 ――周囲からは高評価。

 だが、本人はどうか。


「……」


 フラーネは表情と口元を引き締めながら歩いている。

 だがその内心は、ため息をつきたい気持ちで溢れていた。


 ……誰も話しかけてこない。いや、挨拶はしきりにされるのだが、誰も雑談に付き合ってくれない。


 自他共に認める勇者となったフラーネだが、あまりにも周囲の評価が高く――また、そうなるように振る舞ってきたせいで――、逆にひとり浮いてしまうことになった。

 王都の学園に通っていた頃からそうだ。


 あの頃は地方の孤児院出身ということで。つまりは無力な子と侮られて。

 今は最年少で最強の勇者になった少女ということで。つまりは力がありすぎると畏怖されて。


 かつても今も、フラーネ・アウタクスは孤高だった。もっと有り体に言えば、だった。


「フラーネ様、お疲れ様です」

「はい、ご苦労様」


 敬礼する騎士に手を挙げて応える。


 ――特任自由騎士の彼女は、誰の指揮下にも入らず活動する自由が許されている。

 フラーネは現在、『西の精鋭』と呼ばれるリツァル蒼騎士団と行動を共にしていた。要衝の街リツァルを本拠地とする大部隊――それがリツァル蒼騎士団だ。

 そこから派遣された二〇人ほどの蒼騎士とともに、各地を巡回していた。


 そんな最中、情報が入ったのだ。

 ブロンストに魔族出現のおそれあり。


 フラーネは真相を確かめるため、部隊を率いてブロンストに向かうところだった。カムダカ村は、その途中で立ち寄った場所である。


 フラーネは立ち止まった。西の空――ブロンストがある方向を見つめる。

 晴天よりもなお青い髪が、風を受ける。

 勇者フラーネの眼光は鋭さを増していた。


 蒼騎士とともに各地を巡回するのも。

 今回の事態を調査するのも。

 すべては魔族をこの世界から根絶するため――。


「見ててください。リェダ先生さん。あなたの勇者は、必ず成し遂げてみせます。先生さんを、勇者を育てた英雄にしてみせます」


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