第22話 特任自由騎士の確固たる決意


「穏やかじゃないわね。この辺りで魔族が出たというの?」

「あれ、ご存じないですか?」

「ここがへんな土地だってことは、あなたも知ってるでしょう」


 ティアロナが眉をひそめる。誰が見ても『初めて聞く情報を半信半疑で受け入れる身内』の表情だ。リェダはお茶のカップに口を付けた。

 勇者フラーネは身を乗り出した。


「ここから南東二十五キロくらいの場所に、領主の館がありますよね。そこの主、ヌヴァヌ・ツェーリ男爵が魔族によって殺されていたんです。しかも、魔族が男爵になりすましていたんですよ」

「は? 魔族が?」

「そうなんです! ですがご安心ください。すでに魔族は討伐されました」


 なぜかフラーネが胸を張る。リェダは言った。


「そうか。お前が魔族を討伐したんだな。本当に勇者として任務にあたっている、ということか。すごいもんだ」

「あ、いえ。私が到着したときにはすでに他の部隊が作業を完了させた後でした」

「……なぜ胸を張った」

「えへ」


 フラーネは後ろ頭をかき、舌を出す。

 リェダとティアロナは互いに視線を交わす。


 ――あの魔族ゴミクズはリェダの水属性魔法で凍り漬けにして放置した。そのことが話題に上らなかったということは、フラーネは『制裁』直後の現場を見ていないのだろう。

 勇者の口の軽さを考えると、敢えて状況を誤魔化したとは考えにくい――とリェダは思った。内心でため息をつきたい気分だった。


 我が教え子ながら、危なっかしい……。


 魔族を敢えて凍り漬けにしたのは、現場の騎士たちに手柄を上げさせるためだ。以前、孤児院の少年レストスが失踪したとき、発見に力を貸してくれたのが彼らである。騎士への情報提供と誘導は、リェダとティアロナなりの返礼だった。

 その手柄を彼らがどう扱おうと、リェダたちには関係がないし、関心もない。


 元魔王とその部下は、自分たちの内心とはまったく別の心配を口にした。


「しかしそうなると、警戒を強めないといけないな。魔族はどこに潜んでいるかわからないと聞くぞ」

「院長、しばらく子どもたちの外遊び時間を制限すべきでは?」

「安全には代えられないか。いっそフラーネが常駐してくれれば心強いんだがな」


 いかにも孤児院の行く末を案じているという風に言葉を交わす。

 対して、フラーネの反応は彼らの予想とは少し違っていた。


「あ、大丈夫ですよ。エテルオ孤児院はいつもどおり過ごしてください。ぜひぜひ」

「……お前、今さっき魔族の出現を話していたじゃないか。それは俺たちへの注意喚起じゃなかったのか?」

「それはもちろんそうですが、私はこれっぽっちも心配していませんよ」


 そう言って、フラーネは穏やかな笑みを浮かべた。


「だって、リェダ先生さんは世界最強ですもの。そんじょそこらの魔族に後れを取るわけがありません。あ、もちろんティアロナ先生も」

「おい。それはなんの冗談だ。俺が世界最強だと」


 リェダは表情を歪める。かつての孤独な魔王時代を思い出してしまう。


 フラーネは、おもむろに木剣をテーブルの上に置いた。他の騎士装備は脱ぎ捨てても、これだけは決して肌身から離さないものだ。


「先生さん、この木剣、覚えていますか」

「ああ、もちろん。昔、お前が素振りに使っていたものを俺が加工したやつだ。聖剣チェスターなんてたいそうな名前を付けたじゃないか」


 リェダは答える。

 木剣は、ほぼ当時の見た目のままだ。細かな傷はみられるものの、綺麗なものだ。

 フラーネは懐かしむような口調になった。


「私、エテルオ孤児院を出てからは、この剣がお守りで、心の支えでした。大事に部屋に飾って。毎日これで素振りして。でも、あるとき気づいたんです。この木剣に込められた力の強さに。聖剣と呼ぶに相応しい魔力と想いが付与されていると」

「大げさだ」

「大げさじゃありません。私はリェダ先生さんが作ってくれたこの木剣でステラシリーズを――勇者の絶技を会得しました。私の力を無限に引き出し、その力と技の強度に耐えられるのは、この一振りだけだったんです」


 勇者フラーネの指が、すーっと木剣の表面をなぞる。


「リェダ先生さんは変だなって思いませんでしたか? 勇者には相応の装備が王国から授与されます。あの鎧や大剣ですね。それは勇者としての身分と格を表すことにも繋がる。にもかかわらず、見た目はただの木剣をメイン武器として使うことを、私は許されている」

「ただわがままを言った――ってわけじゃないんだな」

「私は一年前、聖剣チェスターのみを使って選抜闘技大会に勝利し、特任自由騎士と勇者の称号を得ました」


 リェダは無言で聞いていたが、ティアロナは少し目を丸くした。人間世界のこと、特に広く世情のことについては元部下の方が詳しい。


「聞いたことがあるわ。王都テラストルで数年に一度行われる大規模な大会で、優勝すれば勇者の称号を得ることができると」

「ついでに言うと、私が優勝したのは『自由騎士』部門。個人戦、対集団戦、そしてステラシリーズの型の三種目でそれぞれ優秀な成績を収める必要があります。私はそこでぶっちぎりました。自由騎士部門の優勝者のみに期間限定で与えられる特別な称号、それが特任自由騎士の肩書きなんですよ」


 ――近況報告の手紙にはざっくりとしか書いていなかったから、そんなすごい称号を獲得していたとは思わなかった。

 リェダは苦笑した。きっと、自分の口から自慢したかったのだろう。


 だが、ティアロナは笑っていない。彼女は、フラーネが成し遂げた偉業の意味を少なからず理解していた。リェダに告げる。


「選抜闘技大会は王国全土から選りすぐりの猛者もさが集います。自由騎士部門は、その中でも最高位を争うもの。どのような敵がどれほど集まろうとも、必ず勝利する――自由騎士部門の優勝者は、ひとりで一軍に匹敵するだけの力があると認められたことと同義です。そして」


 ティアロナは勇者を見る。


「特任自由騎士となった者は、あらゆる組織から自由になります。基本的に誰の指揮下にも入らず、自由に活動することが許されると」

「私にとって聖剣チェスター――リェダ先生さんからいただいたこの木剣は、国王陛下から賜った大剣以上の『勇者の証』なんです」


 フラーネが言葉を継いだ。静かな、威厳と誇りを感じさせる声だった。

 視線が力強い。人々を惹き付けるような輝きを瞳が放っている。

 ああ、勇者としてのフラーネは、いつもこんな表情をしているのだなとリェダは思った。


 ふと、フラーネがソファーから立ち上がる。リェダの隣まで移動すると、彼女は恩師の手を取った。


「私を勇者にした剣。そんな逸品を、ただの木の棒から創りだしたリェダ先生さんが弱いわけありません。私は先生さんに相応しい勇者でありたい」

「フラーネ」

「約束します」


 勇者フラーネ・アウタクスは強く、強く元魔王の手を握った。


「リェダ先生さんや孤児院の皆を脅かす魔族は、この私が根絶やしにします。一匹残らず倒します――必ず!」


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