第20話 戦闘の後で


 ――それから数分後。


 災獣化したウルゾスを苦もなく撃退した勇者フラーネは、土の上に正座してうつむいていた。

 まるで叱られた犬のようにしゅんとしている。

 実際、叱られていた。


「お前は何を考えている?」

「……ごめんなさい」


 リェダは腕組みをして教え子を見下ろしている。

 周囲にはまだ、草木が焦げる臭いが残っていた。


 勇者のみに許されたステラシリーズの絶技。【だんえんのステラ・デストラ】も【せきばくのステラ・デレイト】も敵を完膚なきまでにほふるにはじゅうぶんな大技であった。

 いずれも火属性である。

 そしてここは、多少離れているとはいえ孤児院から徒歩で行けるほどの距離の林。

 あやうく一帯が焦土と化すところだった。


 リェダの【無限充填】に保存されていた魔法と、フラーネの水魔法によって何とか燃え上がる前に処理を終わらせる。数分で完了したところなど、さすが元魔王と勇者といったところだが、当人たちにそれを誇るつもりはまったくなかった。


「フラーネの力なら、ステラシリーズを使わずとも難なく勝利できたはず。それをわざわざ大技で仕留めにいったのは、俺に力を見せつけるため、ということだったな」

「はいそうです」


 即答するフラーネ。反省はするものの後悔は微塵もしていない様子に、リェダは深々とため息をついた。


「わざわざそんなことをしなくても、お前が強くなったことはわかる。立ち居振る舞い、持っている装備品。三年前と違うのは明らかだ」

「いえ! 私の力はまだまだこんなものじゃないんです! リェダ先生さんに見てもらいたい技や魔法がまだまだいっぱい――」

「もう一度叱られたいか?」

「ごめんなさい」


 確かにフラーネは強くなったし、精神的にもしたたかになったと思うが、こういう我が道を行くところは変わっていない――とリェダは思った。

 そして彼は視線を逸らす。


 五つのステラシリーズのうち、ふたつを目にした。

 いずれも勇者に相応しい威力と言える。リェダの経験からすると、すでにフラーネは並の魔王ならじゅうぶん以上に渡り合える実力を持っている。アレを喰らって無事でいる魔族はいないだろう。


 恐ろしい断面をさらしている木を、リェダは見る。

 本当に強くなったと彼は思った。

 そして、純粋にそれだけを思って感慨に浸る自分を、リェダは驚きをもって受け入れた。

 フラーネを脅威ではなく、立派な教え子として見ている。

 つくづく俺も変わったなと彼は思った。絶対に口には出さない。

 その代わり、表情を緩めてリェダはたずねた。


「ここに来るとき、お前は『王都での暮らしに満足してない』って言ってたな。大変なのか、やっぱり」

「えっと」


 リェダの怒りが解けたと感じたのか、フラーネがおずおずと正座を崩す。隣にリェダが座ると、彼女は堰を切ったように話し始めた。


「王都はもうなんていうか、孤児院とは別世界って感じです。皆こう、ピリピリしているというか、カリカリしているというか」

「……抽象的すぎてよくわからん」

「あう……。まあ、ここみたいに大らかじゃないのは間違いないです。覚えてます? 三年前に孤児院を出たとき、私、王都の騎士学校に入ったこと」


 リェダはうなずいた。

 当時から勇者になりたいと言っていた彼女は、十五歳で王立騎士学校に入学。その際、トップの成績を収めていたらしい。いつ座学を身につけていたのやらと呆れたことを、リェダは覚えている。


「その後もがむしゃらにやった甲斐あって、無事に勇者の資格を得ることができました。知ってます? 私の年齢で名実ともに勇者資格を得られた人って、歴史を振り返ってもすごく少ないんですよ!」

「自信を持つのはいいことだ」

「だーかーらー! 自信を持つのはリェダ先生さんなんですってばあ。私を育てたのは先生さんなんです! それをわかってもらうために、わざわざ大技をふたつも解放したんですから」

「……ほう。まだ言うか」

「ごめんなさいごめんなさい。……まあ、そういう経緯ですから、いろいろとやっかみも受けまして。もちろん、私の力を認めてくれる人たちがほとんどだったので、気にしないようにしてるのですが、それでもあまり居心地はよくなかったですね。王都は」


 そうか、とリェダは答えた。

 顎先に手を当てる。


 教え子の自立は喜ばしい。だが、その先で不当な扱いを受けているのなら、しかるべき『処置』をするべきだろうか。いや、いくらフラーネが最も思い入れの深い教え子だとしても、それはさすがに過干渉というものだろう。


「もしかしてリェダ先生さん、心配してくださってます?」

「当たり前だ。お前の職場へ問いただしにいこうかと、半ば本気で考えた」

「えへへえ」


 嬉しそうにするフラーネ。教え子としてこれは普通の反応なのだろうかとリェダは思った。


「でも、もう心配無用ですよ。リェダ先生さん。勇者として独り立ちした私は、もう自分の領地を持ってますから」


 本当である。


 フラーネは勇者の称号を正式に授与されたとき、王から領地を賜った。それと同時に『アウタクス』の家名も授かっている。勇者フラーネ・アウタクスは、いまや、いち貴族も同然なのである。

 リェダはこのことを彼女の近況報告で知っていたが、改めて本人の口から聞くと、時の流れを実感する。


リツァル西の要衝都市にも館がありますし、別に王都で暮らさなくてもよくなりました。だから今は気が楽なんです」

「なるほどな。それで? 領地経営は上手くいっているのか」

「専門家に丸投げしました」

「……まあ、正しい選択だろうな。領主として相応しいかはともかく」

「中途半端な覚悟だと、むしろそこで暮らす人たちが大変だと思います」


 もっともらしいことを言う。だがリェダは、彼女の表情からそれが本心でないと感づいた。

 フラーネは眉を引き締める。


「私には野望があるんです。リェダ先生さんの凄さを皆に伝えること。先生さんに表舞台に立ってもらうこと。そして、私は勇者としてそれを支えること」

「……」

「今の私は、それをモチベーションに勇者をやっています。……本当ですよ?」


 恩師を見上げる勇者。

 リェダは肩をすくめ、立ち上がった。


「そろそろ戻ろう。肉料理、期待していいんだよな?」

「はい。任せてください! 勇者フラーネ、肉マイスターとして全力を尽くします!」


 敬礼をする教え子に苦笑を返す。

 水魔法で保護されたウルゾスの肉を拾い上げながら、リェダは表情を消した。


 ――フラーネの野望が叶う日は来ないだろう。決して。


 元魔王は、そう思った。


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