第19話 勇者の絶技、ステラシリーズ


 はやく。

 美しく。

 楽器のように軽やかで透き通った、剣撃の音。


 リェダは駆けた。一瞬で視界から消えたフラーネを追う。

 姿は見えなくても、その強烈な気配と存在感は消しきれない。

 すぐに戦闘現場に追いつく。


 元魔王は目をみはった。


 ――大型の獣、ウルゾス。数は四体。そのうちの一体が、すでに地面でたおれていた。


 まるでカーテンの隙間から差し込む朝日のような歪みのない直線。獣は正中線から真っ二つになっていた。

 さらに、浮遊する水の塊が断面を覆い、肉の劣化を防いでいた。余分な血はそのまま大地に吐き出されている。明らかに魔法だ。


「リェダ先生さん」


 静かな声での呼びかけに、顔を上げる。

 ウルゾスの群れと対峙する少女が、木剣を水平に掲げた。リェダに背を向けていて、表情は見えない。だが、蒼の長髪がふわりと逆立つ様で、フラーネがかつてなくたかぶっているのは明らかだった。


「お見せします。勇者にのみ許された五つの絶技――ステラシリーズ」


 直後。

 掲げた木剣から炎が立ち上った。木剣には煤一つ付いていない。それどころか、炎を次々に吸収し、色を変えていく。木肌の優しい茶色から、赤、橙、そして太陽のような白色へ――。


「ステラシリーズは、攻撃を司る火属性の技みっつ、防御を司る水属性の技ふたつからなります。これはそのうちのひとつ。火属性の技であり、至高の剣技」


 勇者フラーネが、構える。


「――【だんえんのステラ・デストラ】」


 白刃が疾駆した。

 元魔王のリェダをしても、その剣筋は速すぎて捉えきれない。


 ウルゾスが悲鳴を上げる間もなく解体されていく。

 断面が白く輝いていた。あれは――熱だ。尋常ではない熱を秘めた絶技が、あらゆる防御を溶かして貫き両断する。しかもただの熱ではない。魔力によって練り込まれ、生み出された熱。

 あれでは、いかに強靱な肉体を持っていようと、いかに強固な魔法防御を張っていようと、一瞬にして切り刻まれてしまうに違いない。


 ――それは正しく、魔族を完膚なきまでにほふるために編み出された技であった。


 フラーネが足を止めた。絶技の猛攻が終わる。

 彼女の足下には、細切れになったウルゾスの肉があった。


 フラーネは構えを完全に解くことなく、空いた手で別の魔法を放つ。生み出された水球が、ウルゾスの肉を包み込み保護する。


 ウルゾスは、あと一体残っていた。他の個体よりも一回り大きい。

 だがなぜ、見逃した。

 断炎のステラ・デストラ――この技で倒せない相手ではなかったはずだ。


「……む。フラーネ!」


 リェダは警告する。生き残った一体、奴の身体が不自然に膨張を始めたのだ。最後のウルゾスから、先ほどまでは感じなかった魔力の奔流があふれ出す。


「『災獣化』だ。気をつけろ!」


 人間世界の生物が何らかの原因で突然変異したもの。それが災獣。

 災獣化のきっかけは様々だ。そのひとつに――宝玉を取り込むことがあるという。

 災獣は例外なく危険だ。こんな奴を孤児院に近づけさせるわけにはいかない。リェダは【無限充填】で災獣ウルゾスを排除しようと、集中力を高める。


「大丈夫ですよ。リェダ先生さん」


 いっそ冗談のようにも聞こえるフラーネの軽い口調。

 彼女は、木剣をだらりと下げた。構えもなにもない。白色の輝きは、もう木剣から失われている。

 ただ――逆立つ髪がまだフラーネが昂ぶったままであることを示していた。


「王国で勇者の称号を与えられた人たち。彼らは皆、ステラシリーズを使いこなし、また使うことを許された人々です。でも」


 災獣ウルゾスが吠える。体積は先ほどの倍ほどになっていた。

 魔族のような赤い目が、勇者フラーネを睨み据える。

 少女は風のように視線の圧をいなした。


「ステラシリーズを複数、使いこなせる人はそう多くありません。ましてや、五つの絶技すべてを使う勇者となれば、片手で数えても足りるほど。例えば」


 再び、木剣が輝いた。今度は深紅色に。

 次いで勇者の身体から魔力があふれ出す。


 災獣ウルゾスが大きく口を開けた。少女の身体など丸ごと飲み込めるほど。そのまま、フラーネに突っ込んでくる。


 リェダは眉根を寄せ、口元を緩めた。苦々しさと嬉しさと――そんな相反する感情がぶつかり合った複雑な表情を浮かべた。

 教え子の勝利は確定した、とリェダは悟る。見た目の状況ではない。内に秘めるの大きさが桁違いと気づいたのだ。


「――【かくばくのステラ・デレイト】」


 直後、災獣ウルゾスの足下全体が赤く変色する。

 陽炎を立ち上らせながら、地面から火炎の蔓が何本も出現する。

 災獣ウルゾスに絡みつく。肉の焼ける音がした。

 大型獣の突進力は、一瞬で無効化された。勇者まで、あと一メートルもない。


 火炎の蔓が災獣ウルゾスを容赦なく縛り上げる。

 いや、縛るなどという生やさしいものではない。

 肉に食い込み、魂を焼き、存在ごと『圧殺』しようとする凶悪な意志が込められた火炎だ。


 災獣の目から生気が失われる。


 勇者フラーネがゆっくりと振り返った。

 凜として、自信にあふれ、そして強い憧れも秘めた瞳でリェダを見つめた。


「あなたが育てた、この勇者フラーネのように」


 一瞬の炎上の後、災獣はこの世から消滅する。

 蒼い髪と赤い炎が、強烈なコントラストを放った。


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