第15話『Vtuberのパパというもの』
しろさんの、すべすべした綺麗でかつやわらかいおみ足。
そんな極楽を配信で二時間堪能した次の日。
文乃さんは、もう次の配信について考えていた。
今は九月。
夏は終わっており、これから秋が深まり、木の葉も色づくであろうという季節。
「やはりねえ、タイピングASMRの要素は取り入れないといけないと思うんだ」
『それは間違いないですよね』
私たちは、案件配信について話し合っていた。
案件配信というのは、案件の内容にもよるがある程度は配信者の裁量にゆだねられている場合が多い。
そうでないと、各々の強みが発揮されず、配信者の集客力、宣伝力を活かせないと判断してのことだろう。
NGワードと言われている絶対に言ってはいけないことと、逆に絶対に配信上で伝えなければならない事項を言わなければならないが、逆にそれさえ守っていれば自由だ。
ゆえに、パソコンの案件についてもASMR配信でもいいということだ。
とはいえ、文乃さんはあまりパソコンについては詳しくない。
ゆえに、パソコンに関する正確な情報を説明することはできない。
永眠しろさんとして彼女に出来るのはただ一つ。
全力で楽しむということ。
「うん?」
『どうかしました?』
「いや、氷室さんから連絡が来たんだよね。SNSのダイレクトメッセージを確認してほしいって」
『ほう?』
氷室さんは、広報担当である。
ゆえに、SNSの管理もしているし、変なメッセージが送られてきても全てブロックしているらしい。
そして、重要案件であるメッセージが来た時には、こうして知らせてくれることもある。
まあ、大抵はコラボのお知らせとかだね。
今迄接点がなかった人からの申し出とかは他のメッセージに紛れてしまうからね。
さて、結局のところ誰からどんなメッセージが来ていたのか。
「パパさんからコラボしないかって」
『はい?』
……どういうこと?
父親って、実父?
話に聞いていた文乃さんのお義父さんとしろさんがコラボをするの?
「あ、いや、そっちじゃなくてVtuberとしてのパパだよ」
そう言われて、自分が間違っていたことを悟る。
『え?ああ、
「うん、そう」
永眠しろさんには、生物学上の早音家夫妻とは別に、父と母がいる。
母はがるる・るる先生。
イラストレーターはVtuberのママでありそれはつまり
キャラクターの骨格を、そして肉体を生み出すがゆえにママと呼ばれる。
では、Vtuberのパパとは何か。
それは、モデラーと言われる職業。
モデリングという工程を通すことによって、単なる静止画であるVtuberの立ち絵をぬるぬる動くLive2Dへと昇華させる存在。
産み落とされた命を、大切に育む存在。
実際、Vtuberの体を作る際は、モデラーをイラストレーターが兼任していることもあるので、一概にはいえないが二人で体を作っていくという意味合いがあるのは間違いない。
永眠しろさんを作ったモデラーさんこと、ロリリズム先生。
しろさんを含む、数多のVtuberのモデル作成に関与している。
新衣装のモデリングなども考慮すれば、彼女が関与したVtuberの数は数百にも及ぶとされている。
さもありなん。
彼女は、Vtuberのパパ、モデラーとしては最古参クラス。
かつてVtuber黎明期と言われた時代。
Vtuberという概念が新たな文化として誕生したばかりで、Vtuberのモデルは3Dが当然と言われていたころ、いくつかの企業がプロジェクトを立ち上げていたころ。
そのプロジェクトの一つの中核を担っていたのがロリリズム先生だった。
以来、2D、3D両方のモデル作成を行うモデラーとしてVtuber業界のありとあらゆるモデルを生み出してきた。
本人も、自らが作ったモデルでVtuberとして活動しており、今回はVtuberとしてのコラボである。
『それで、どうされますか?』
「もちろん受けるよ。ロリリズム先生の配信は見ているし、いい人だとはがるる先生から聞いている」
何でも、がるる先生とロリリズム先生は友人で、リアルで会ったこともあるらしい。
彼女の人を見る目が確かかどうかは疑問の余地があるのだが、まあ悪人ではないと思う。
がるる先生が悪人と接していたら、間違いなく被害を受けているはずだから。
「それに」
『それに?』
「ロリリズム先生と接することで、父との接し方に答えを見出せるかもしれないから」
『……なるほど』
文乃さんは、進み続けたいと思っているのだ。
私は現状維持でもいいと思っている。
けれど、彼女は好意を、あるいは厚意を向けてくれている父に対して正面から向き合いたいと考えている。
であれば、潰れない程度に背中を押しつつ、手を取って支えるべきなのだろう。
『じゃあ、返信しちゃいましょうか』
「そうだね。とりあえず通話用のサーバーに招待しないとね」
私も、逃げず怯えず隠れずに、向き合うべきだったのだろうか。
出来ることはやってきたつもりだけれど。
まあ、仕方がないよね。
過ぎてしまった過去はもう巻き戻らない。私が以前文乃さんに言ったことだ。
もう二度と会えないし、出来ることもありはしないのだから。
◇
メッセージを受け取ってから一週間後。
コラボの日程が決まり、打ち合わせも終えて、本番が始まった。
「こんばんながねむー。今日は、コラボ雑談ですよ」
「ろりりずむです、よろしくお願いいたしますー」
「は、はじめまして」
「がちがちだね、大丈夫だよー」
パソコンの画面からは、間延びした、落ち着いた女性の声が響く。
声から察するに、年齢はがるる家の皆さんより年上だろうか。
いかにも、落ち着いたお姉さんという感じの雰囲気である。
ロリリズム先生の体であるLive2Dも、くたびれた白衣を着たけだるげなおねえさんである。
ついでに言えば、彼女はがるる先生やナルキさんよりも年上であるらしい。
多分私と同年代くらいかな?
ちなみにだが、Vtuberとしての体を担当しているイラストレーターはがるる先生ではないので、がるる家には含まれていない。
というか、がるる家の他のメンバーも、モデラーは別にロリリズム先生だったりそうじゃなかったりするらしいからね。
ちなみに、イラストレーターさんと比べてモデラーさんは絶対数が少ないらしく、それゆえにモデラーさんは多くのVtuberを担当する。
そのため、Vtuberのママが同じというのは珍しいが、逆にパパはそんなに珍しくなかったりするんだとか。
【本当に、いろんな人とコラボするようになってきた】
【どんどん規模が大きくなってるみたいで嬉しい】
【ロリリズムさんVになってるの知らなかった】
「モデラーとしての本業が忙しくて、あんまり配信出来てないからねー。しゃべり方とかも全然覚えてないから、変だったらごめんねー」
ロリリズム先生、配信頻度月一とかだからね。
普段の仕事もパソコンと向き合う、あまり人と会話するタイプのものではないだろうし、と考えると話し方を忘れるというのもおかしくはないだろう。
実際、文乃さんもデビュー当初に比べてかなり話すのがうまくなっている気がする。
「いえいえ、全くおかしいところはないですよ」
「そっかー。ちょっと遅れちゃったけど、一周年おめでとうね」
「ありがとうございます!」
「うーん、たくさんのVtuber誕生に関わっていると、結構一年続けるのが難しかったりもするからさ」
一年は、長い。
インターネットが発達し、流れる情報の量は十年前とは比べ物にならない。
SNSのトレンドに上がるような流行りでさえ一か月もあれば人の記憶の片隅にまで追いやられている。
そんな状態で一年間駆け抜けるということは、どれだけ素晴らしいことで、なおかつ難しいことであるか。
実際大半のVtuberは一年と経たずに活動休止や引退をするらしい。
結構生配信って大変だからね。
しろさんみたいに、ちゃんとリハーサルをしている人であれば、配信時間プラス一、二時間は消費する。
あとしろさんは全部メイドさんに投げてるけど、サムネイルとか、宣伝とかに使っている時間も含めると他の趣味と比較しても負担になってしまう。
それを一年休みなく続ける、というのはとんでもなく負担である。
職場でさえ、私のいたところのような例外を除けば三百六十五連勤なんてありえないのだから。
あの職場って、何連勤してたっけ。
正直数えてないんだけど。
データそのものが改ざんされているから、公的には休んでいたことになっていたはずだしね。
閑話休題。
何十人ものVtuberの誕生に携わり、そして全員の活動を、あるいは引退を見守ってきた彼女にしてみれば奇跡のようなことなのかもしれない。
「だから、そうやって一年間ほとんど休みなく君が走ってくれたことが嬉しくてね。できたらコラボしてほしいなーって」
「パパって呼んでくれてもいいんだよ?」
「すみません、なんだか慣れてなくて。パパさん」
コラボに慣れてきていることもあってか、初めてコラボするにしてはいいものだ。
【パパさんだと他人の父親みたいになっちゃうんだよな】
【なんで、私のことはママって言ってくれないのに…… がるる・るる】
【がるる先生ショック受けてて草】
◇
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