第三章 Father company

第1話『重大告知』

 Vtuber、永眠ながねむしろ。

 ASMRを中心に活動しているVtuberであり、一年と少し前からほとんど休みなく活動し続けている。

 加えて、自身の担当イラストレーターであるがるる・るるをはじめとした有名Vtuberとのコラボによって登録者数を順調に伸ばしている。

 すでに、登録者数は十万人近い。

 まあ、登録者数百万人を超えているVtuberさんとコラボしたりもしているので当然と言えば当然かもしれない。

 そして今日、しろさんはVtuberとしてまたしても、さらなる躍進を遂げようとしていた。


 ◇



『重大告知 ただし引退ではない』



 とある日の、永眠しろさんの配信タイトルである。

 「引退ではない」というあらかじめネガティブな可能性を潰しておくタイトルを見て、視聴者たちはいったい何だろうかと思った。

 新衣装だろうか。

 歌ってみた動画の発表だろうか。

 コラボ配信や、大型イベントの告知だろうか。

視聴者たちは、固唾をのんで見守っていた。

 そして、発表の内容は。



「というわけで、永眠しろ、初めての案件配信が来ました!」



 白髪のボブカット、緑と赤のオッドアイ。

 黒と白を基調とした、フリルをあちこちにあしらったブレザータイプの制服。

 夏服バージョンゆえに、隠すつもりのない胸部装甲が、本人の体の動きに合わせて顔とともにフリフリと揺れ動く。

 



【うおおおおおおおおおお!】

【初案件めでたい!】

【登録者数を考えると遅すぎる気もするけど、おめでとう!】

【しろちゃんも、すっかり売れっ子Vtuberになってる】

【楽しみ!】



 案件。

 今問題となっている事柄、対応なければならない事柄あるいは、これから審議・調査・解決をしなければならない事柄ないし、訴訟事件のことを意味する。

 というのは、一般的な、辞書的な意味の話。

 Vtuberや、配信者にとっての案件の意味はいささか異なる。

 ここでの案件というのは、企業案件の略称であり、案件配信というのは企業からの依頼で配信をすることだ。

 企業が売り出したい商品を、Vtuberや配信者が宣伝する。

 そして、企業は広告収入とは別に、宣伝してくれたVtuberに宣伝費用を報酬として払う。

 つまるところ、広告収入など以上に安定した収入が見込める。

 案件配信を受けられるというのは、趣味としてのVtuberから、職業としてのそれに対するステップアップともいえる。

 なおかつ企業と関わっているということで、きちんと活動しているという対外的な信用を築くこともできる。

 ちなみに、配信するのではなくて動画をだしたりするパターンもある。



【それで、結局何の宣伝をするんですか?】



 コメントが、一つの疑問を提示する。

 今は、企業案件が決まったということだけで、具体的にどのような配信が行われているのかは視聴者には伝えられていない。

 どこの企業の、どんな商品を宣伝するのか。

 紹介する商品は、多岐にわたる。

 パソコンやソーシャルゲームなどの配信者と関係の深い商品から、食品や漫画まで本当にいろいろある。

 私が知る限り一番衝撃だったのは、アニメ化された漫画の案件で、Vtuberさんが実際に読んでその感想を述べるというものだった。

 作業をしている時、「そんな案件あるの?」と思った覚えがある。

 さて、では今回は何を宣伝すればいいのか。



「あー、それはちょっと待ってね」



 しろさんが、パソコンの画面を操作して、企業からもらった商品の情報を映し出す。

 そこに映っているのは、色とりどりのだった。

 それらすべてが、蟲のような形をしていた。

 つやつやとしていて、一つ一つが虫をかたどった宝石のようだった。



早音製菓・・・・の新商品、『バグ・キャンディ』を永眠しろのチャンネルで咀嚼ASMR配信で宣伝させていただきます」



【ガタッ】

【案件でもASMR!】

【企業側も、しろちゃんのことよくわかってるよなあ】

【さすがASMR系Vtuber】

【早音製菓って、すごいところから仕事が来たんだね】

【楽しみにしてるし、しろちゃんが宣伝するなら絶対買う!】



 ◇



『配信、お疲れさまでした』



 もう何回かけたのかも覚えていないほどに、口にしてきた言葉。



「ありがとう」




 文乃さんが返す言葉もまた、いつもと同じやり取り。

 彼女は、立ち上がって一つ伸びをする。

 文乃さんの細い体のラインと、分厚い胸部装甲が強調されて、些かどぎまぎしてしまう。

 季節は九月、残暑厳しいゆえに、文乃さんの格好はハーフパンツとタンクトップであり、色々と見えてしまうわけでして。

 後、ただの勘なんだけど文乃さん胸部装甲がより強化されている気がする。

 言及してしまうとセクハラになってしまうので、言うつもりはないのだけれど。



「どうかした?」

『いえ、何でもありません』



 文乃さんが、疑わしげな視線を向けてきたので慌ててごまかした。 

 まあ、あまりぶしつけな視線を向けるのはよろしくないからね。

 割と、文乃さんも真剣に嫌がってはいないような気もするけど。

 話題を変えておこうか。



『さて、告知した以上、あとはやり抜くだけですね』

「そうだねー。リハーサルとかもやらないといけないし。前日がいいかな?」

『それでいいと思いますよ。サンプルは、お願いすれば手に入るでしょうし』

「そうだね……」



 文乃さんは、ゲーミングチェアに腰掛けたまま、どこか遠い目をしていた。

 彼女の今の思考は、私にも感知しきれない。

 多くのことを考えすぎて、あまりにも複雑化しているから。

 信念、愛情、拒絶、嫌悪、困惑、期待など、多くの感情が複雑に捩れて絡まり、こじれているから。



 それは、今回の案件先に起因していた。

文乃さんの両親が統括している早音グループの一つに、早音製菓がある。

 どうして、早音製菓から案件が来たのか。

 それは、一週間ほど前に遡る。

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