第60話 閑話・使用人の話『Fire』
火縄イアの担当は、他の二人と比べても多岐にわたる。
彼女は機材に関してはほとんどわからないため、それ以外の業務を負っているということになっている。
出来ることと言えば、経理ともう一つぐらいだろうか。
基本的には、雑用を請け負うのが火縄の仕事である。
例えば、機材担当とともに鼻息荒く機材周りの掃除を行う。
本来であれば部屋の隅から隅まで掃除をしておきたいところだったが、
「それでね、今日はさあ……」
「文乃様」
「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。失礼いたしました」
「どうしようかな、あの言動」
火縄の担当は幅広い。
その中の一つは、メンタルケアである。
火縄は、そして他のメイドや使用人たちも彼女の奇行を面と向かって指摘したことはない。
雇用主、あるいは雇用主の娘に対して言いづらいというのもあるし、そもそも指摘することで彼女の精神の均衡が崩れるのではないかと懸念していたというのもある。
盗聴などで、文乃の声を聴いて分析したのだが、『君』と会話すればするほど、彼女の精神は安定することがわかっている。
イマジナリーフレンドが発現する年齢としてはかなり遅い方なのではないのかと思われるが、それでもなお放置したほうがいいのではないかという結論に達している。
彼女との会話の中で気づいたことはいくつかある。
一つ、そもそもイマジナリーフレンドという表現は少しだけ事実とずれている。
イマジナリーフレンドというよりは、恋人に近い。
胃もたれして吐き気を催すほど、あるいはドキドキして劣情を催すほどに何度も何度も文乃は『君』に対して愛を囁いている。
二つ、彼女はイマジナリーフレンドであることを自覚している。
つまり、自分しか『君』の声が聞こえないということを理解している。
メイドや使用人には声が聞こえず、会話ができないことを知っているという前提の行動があまりにも多い。
そもそも、メイドや使用人にも聞こえると自覚しているのであれば、矛盾した言動が目立つ。
三つ、イマジナリーフレンドは文乃にとって他人である。
イマジナリーフレンドは、交代することがある。
つまり、肉体の支配権をイマジナリーフレンドが乗っとる場合がある。
ただこの場合、主導権はあくまで文乃本人であり、いつでも彼女の意志で交代できる。
主導権が本人ではなく、イマジナリーフレンドであった場合解離性同一性障害に分類される。
イマジナリーフレンドという状態において、もっとも憂慮しなくてはならないのがこの乗っ取りである。
肉体が同じとはいえ、人格が別であるならば文乃を守らなくてはならない。
が、現状人格が入れ替わった事例は文乃の場合確認されていない。
イマジナリーフレンドが生活に支障をきたす唯一のパターンがこの肉体の支配権の移動であり、それが行われている形跡が全くない以上、危険性は薄いと考えていいはずだ。
イマジナリーフレンドは幼少期特有のものとされるものの、実際には成人してからもなおイマジナリーフレンドが発現したり、持続する例は観測されており、実はそこまで変な話でもない。
なので、静観が正しい判断なのかもしれない。
だがその一方で、火縄はそれでいいのかとも思っていた。
今はまだ、いい。
だが、いつ彼女を乗っ取らないと保証できるのか。
彼女自身も、イマジナリーフレンドを見たことはさほどなかった。
だがしかし、それでも危険なことに変わりないはずだ。
付け加えると、彼女は時折不安定になる。
特に、一番不安定になったとき、つまり身一つで家を飛び出していったときにも直前まで彼女は彼と話していた。
だというのに、どうして理沙も咲綾も悠長なのか。
イアも含めたメイド三人は、それぞれ文乃に対する感情が異なる。
雇用主への恩義から助けになろうとするのが理沙で、ファンとして接しているのが咲綾、そしてイアは単純に文乃が好きで守りたいと思っている。
あるいは、『君』のことがイアは本質的にあまり好きではないのかもしれなかった。
「それはね、君がいてくれるからだよ」
「…………」
部屋の中で、彼女は会話をしている。
相手は、間違いなく『君』だ。
「……まあ、いいか」
文乃を大事に思っているがゆえに、今のところは経過観察でいいかと方針を改めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます