第50話「Vtuber、金野ナルキ」

 お金を稼ぐ、と決めて。

 そこからは早かった。

 Vtuberになったのは、お金が得やすい業界というイメージがあったから。

 そして、もう一つは元々腕に覚えのある職業だったから。

 彼女は、ニタニタ生放送というアプリで生放送をやっていた。

 その経験と、獲得したファンを元に、金野ナルキというVtuberとして彼女はデビューした。

 元々、彼女はVtuberになってもいいかなとは考えていた。

 ただ、Vtuberになる前と後では、意識が違う。

 有体に言えば、お金を儲けるための努力を惜しまなくなった。




 滑り出しは、順調とは言えなかった。

 そもそも、会社を辞めてVtuberになるという大博打もいいところ。

 今の私より、ずっと安い機材ではあったものの、機械というものは全般的に高価なものだ。

 スマートフォン一つでも、本体価格はおいそれと手が出るようなものではないのだから。

 しかし、そんな彼女を生活できるレベルまで押し上げたのが耳舐めASMRである。

 エロに特化したASMRというコンテンツを築くことで、Vtuberとして一定の地位を築くことができた。

 広告収入という形ではなく、むしろ作品を個人に売るような形態で最初は活動をしていた。

 

 


 U-TUBEでは私のASMRは出せないものが多い。

 というか、BANを喰らった前科があるレベルで私のASMRは過激だ。

 U-TUBEではかなり抑えている方だが、他のサイトにはR18レベルのものをアップしていたりする。

 もちろん、有料だ。



 つまり、U-TUBEではASMR以外に武器を作る必要があった。

 


 その一つが、コラボをすること。

 探してみればU-TUBEではともかく、SNSにおいてはそれなりに知名度の上がっていた金野ナルキと、コラボをしたいというVtuberはかなりいた。

 そんなVtuberさんたちと対談コラボを行うことで、視聴者数を増やす。

 気づけば、やや過激なASMR配信なども相まって、彼女の登録者数は活動を初めて一年で十万人にまで上昇していた。 




 その時には、先輩が亡くなってから一年が経過していた。



 ◇



「誰も、来てないんですね」



 彼の墓参りにも行ったが、そこには一応誰かが手入れをしていた様子だった。

 先祖代々の墓らしいので、たぶん親戚の誰かがやったのだろう。

 ただ、私個人としては墓以外の場所にも花を供えておきたいと思った。

 それが、私にできる数少ないことだったから。

 なので、彼が死んだ駅にもいくことにした。

 具体的に、どこで死んだのかは知らない。

 ただ、適当なところに菊の花と、渡すはずだったクッキーを供えた。

 どういうわけか、リムジンが泊まっているのが目についた。

 このあたり、何もない田舎だと思っていたけど、富豪がいたりするのだろうか。

 


 ◇



 しろちゃんを知ったのは、本当にただの偶然だった。

 たまたま、活動の方向性が比較的近くて、なおかつ最近かなり伸びているVtuberだったからだ。

 まさか、彼女のダミーヘッドマイクに先輩の魂が宿っているだなんて思っても見なかった。

 ただ、コラボ相手として不足はないだろうと思ったからDMを送り、コラボに誘っただけ。



 最初の印象は、結構しっかりしている。

 というか、Vtuberは個人事業主ということもあってか、しっかりしていない人が多い。

 どれくらいかというと、メッセージを送ると一週間くらい返ってこないというのがよくあるレベル。

 私が勤めていたブラック企業でも、そこまで酷くなかった。

 そこだけはむしろ早かった記憶がある。

 たまに、人員が抜けるせいで、以前その人に預けていた業務や連絡が滞ってしまったことはあるけど。



 また、遅刻やドタキャンも多い。

 配信の三十分前に集合と言っていたのに、開始三十分後に通話に入ってきたことがある。

 ちなみに、その人とはその後一度もコラボしていない。



 そんな感じだから、連絡がその日のうちに返ってきて、打ち合わせなどにも五分前には必ずいて、ドタキャンすることもない、というだけで貴重な人材なのだ。

 最初は、私と同じで社会人あがりなのかなと思っていたが、訊いてみるとどうやら本当に高校生らしい。

 これは驚いた。

 配信頻度から考えて、兼業ではないと思っていたから。

 なんなら、専業のVtuberでも毎日二回行動は多い方だろう。

 私がブラック企業に勤めていたころは、業務に追われて週一が限度だったが、正直ホワイト企業だったとしても

 どうやら通信制高校に通っているのだとか。

 ともかく、社会に出ているわけでもないのに社会性を身に着けているのだとしたら素晴らしい。

 それだけで、コラボをしたい、もっと絡みたいと思える理由になる。


 

 しいて欠点を上げるなら、自分から声をかけるのが苦手なところだろうか。

 ただこれも、誘えば大体乗ってくれるので、私からすると別にそんなことは気にならない。

 コラボを何回もして、裏で通話をしたりして、結構仲良くなったりして。

 Vtuberになって、新たに得たものの一つがしろちゃんも含めた同業者の友人だろう。

 所謂生主として生配信をしていたころは、配信頻度が低かったこともあって同業者と関わることはなかった。

 気が合って、活動方針が合う人とはオフコラボをすることもあった。

 よくやるのは、ASMRオフコラボだ。

 両方の耳を同時に責められるのは、とんでもなく気持ちいいのだ。

 わたしも度々自分で聞いているので間違いない。

 だから、しろちゃんともオフコラボをしようとした。

 最初は、スタジオを抑えようとしたのだが、しろちゃんが彼女の家に来てほしいというので従うことにした。

 


 指定された最寄り駅には聞き覚えがあったが、まあいいやと思って。

 屋敷を見て愕然として。リムジンもそうだけど、世の中とんでもない金持ちがいるもんだなと思って。

 何の警戒もせず、前触れもなく、先輩が声をかけてきたんだ。




 ◇



 そこまで思い返して、我に返る。



 とんとん、という音がした。

 ドアをたたく音だ。

 なんだ。

 宗教の勧誘化、あるいは集金か。

 いずれにしても興味がないのだが。

 もう、諦めるまでこのまま粘ろう。

 そう思った時。



「成瀬さん」




 少しだけかすれた、それでいて涼やかで綺麗な声。

 私の声よりもずっと綺麗で、ASMRをするために生まれてきたような声。

 何度も、配信で、通話で、そしてリアルでも聞いたことのある声。



 あわてて、ごみをかき分けてドアを開けると。



「お久しぶりです、成瀬さん」



 しろちゃんが、目の前にいた。

 


『お久しぶりです、ナルキさん』



 先輩を、その腕の中に抱えた状態で。


 

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