第25話『ASMRオフコラボ、耳舐め』

 ASMR配信は、概ねサムネイルに何をするのかが書いてある。

 コラボASMR配信であれば、当然コラボするメンバーの立ち絵と名前が書いてあるが、それだけではない。

 耳かき、タッピング、吐息などといったメニューもサムネイルやタイトルに書かれていることが多い。

 今回の配信のサムネイルには、耳舐めとも書かれてあった。

 そして、ASMRというものにおいて、二強とされているのは耳かきと耳舐めである。

 つまりは、耳かきから耳舐めへの移行するという流れは。

 これ以上ない程、取れ高にあふれていた。



 ◇



「じゅる、じゅる、じゅるっ」



 しろさんが、じっくりと舐るように右側の耳介を舐めてくる。

 耳の表面を舐めまわしてくる。

 水音が私の内部で響く。

 初手から全力で、私と視聴者の脳みそを侵略しにかかっている。



「はむ、はむ、ちゅっ、はむっ、はむっ」




 ナルキさんも、負けてはいない。

 耳たぶと、耳輪、つまりは次回の外側を唇ではむ、というオノマトペを出しながら咥えこむ。

 彼女のやや厚めで、ぷるっとした唇の形と柔らかさが音を介して伝わってくる。

 さらに、時折ついばむ音に加えて、耳のあちこちにキスの雨を降らせてくる。

 


「じゅる、じゅるっ、じゅるっ、好き」

「はむ、ちゅっ、好き、好き、ちゅっ、はむっ、ちゅっ」

『あふうっ』




 加えて、しろさんもナルキさんも、「好き」という言葉を何度も使ってくる。

 音の刺激による快楽だけではなく、ストレートな愛情表現も加わって、私にはないはずの心臓が爆裂しそうになる。

 



【最高過ぎる】

【好き】

【愛してる】




「あー、喜んでくれてるんだ、嬉しいな」

「そうだね、喜んでて可愛いね」



 私と、視聴者の反応を見ながら、彼女たちは幼子をあやすかのように語りかける。

 冷静に考えれば、女性二人にその様に扱われるのは屈辱的なことであるのだろう。

 だが、私は、そして多くの視聴者は残念なことにもはや冷静に考える判断力など失っていた。

 脳みそがぞわぞわと震える。

 二人は、顔は耳の傍から動かず、腕だけを動かす。

 ナルキさんは左手を、しろさんは右手を伸ばして。



「「よおしよおし、よし、よし、よし」」



 耳元で、よしよしと言いながら、ふたりして私の頭をなで始めた。

 がさがさという音がして、穏やかな手の温かさがじんわりと伝わってくる。

 頭頂部、後頭部などをじっくりとなでながら耳元でオノマトペを囁いてくる。

 さらには、頭をなでながら、舌で耳を時折舐めてくる。

 腕を使って親が子にするような温かな愛情表現をしておきながら、舌では恋人でもやるかどうかわからないアブノーマルな快感を送り込んでくる。



「かろ、かろ、ころ、ころ」

「じゅぽ、じゅぽ、じゅぽっ」



 今度は、より激しい耳舐めが始まった。

 耳道を舐めて、飴を舐めるような軽やかな音を立ててくるしろさん。

 ナルキさんは、水音を立てて、ぐっぽぐっぽと耳奥を舐めてくる。

 清楚で癒されるのがしろさんで、よりセンシティブなのがナルキさんだ。



 しろさん、意外と耳舐めはしていないからね。

 それこそ、表では・・・半年記念以来一度もやっていないんだよ。

 逆に、ナルキさんはほぼすべてのASMRで耳舐めをしている。

 そもそも、方向性がしろさんと比べるとややセンシティブによっている部分がある。

 



 どちらがいい悪いではなく、どちらもいいものだ。

 そしてこの状況では、二つの要素を同時に楽しむことができた。




「好きだよ。はあぁぁぁ、ぐぽぐぽっ」

「私も、大好き。ふーっ、かろっ、じゅろっ、ころっ」




 耳舐めだけではなく、ふたりとも吐息を吹きかけてくる。

 さらに、そこに愛情表現の言葉を、織り交ぜてくる。

 そこに、耳舐めも当然入ってくる。

 


【吐息、好き、耳舐めの三連コンボはやばい】

【二人で舐め方が違うのも最高】

【これが、3PASMRか】



「ぐぽっ、ぐぽっ、ぐぽっ」

「れるっ、れるっ、ほおおおおおおおおっ、れるっ」



 ここで、ついにしろさんが耳奥を舐め始めた。

 舌を限界まで伸ばして、耳奥だけを丹念に責めてくる。

 鼓膜に直接音が響き、私の耳に響いてくる。

 一方、ナルキさんは息を吹きかけながら、丹念に耳を舐めている。

 それだけではなく、口を大きく開けて、耳全体をぽっかりと覆っている。

 これによって、音が大きく反響する。

 両耳から、うるさくはないが耳と脳内全体に響き渡る音に、私は悶絶せざるを得なかった。




 それからもしばらく両耳責めは続いて。

 すっと、彼女たちは舌を耳から離す。



「お疲れさま。おやすみなさい」

「おやすみなさーい」



【お休み】

【エッチすぎて逆に眠れないかも】

【愛してる】

【最高でした】

【これでゆっくり眠れそう】

【ZZZ】




 視聴者も同様である。

 コメント欄は、二人への感謝、愛情、歓喜で埋まった。

 初めてのASMRコラボ配信は、大成功だったと言えるだろう。



「お疲れさまです」

「ありがとう。こちらこそ、楽しかったよ」

『お疲れさまでした』



 コラボが終わって、耳の洗浄を行った後、ふたりはベッドの上で一緒に寝ていた。

 まあ、コラボ配信が終わった時には既に十二時を回っていた。

 その時間だと終電も既に無くなっており、そもそも深夜に女性が一人で出歩くのも躊躇われる。

 で、泊っていくことになったわけだが、部屋はいくらでも空いている。

 客間のどれかに泊まってもらってもよかったのだが、「しろちゃんとパジャマパーティーやりたい」とナルキさんが言い出した。

 メイドさん達は



「少し、お話してもいいですか?」

「ああうん、大丈夫だよ?」




 しろさんと、ナルキさんは隣で一緒に寝ていた。

 文乃さんは、訊きたいことがまだまだあるらしい。

 



「成瀬さんは、何のためにお金を稼いでるんですか?」



 成瀬さんは、金のためにVtuberになった。

 それは、何度も聞いている。

 あと、最近知ったんだけどナルキさんの配信でも何度も言っていることらしい。

 だが、金を得たいというのは何のためなのか。



 お金というのは、手段だ。

 食品、衣類、住居、し好品、サービスなど欲しいものを得るための対価だ。

 文乃さんが、誰かを救うことために金銭を費やしているように。

 成瀬さんも、何か理由があるのかと文乃さんは尋ねたが。



「何でだと思う?」

「うーん、服とかですかね?」

「いやどういうイメージなの?」

「めちゃくちゃおしゃれだったので」

「いや文乃ちゃんがそれ言う?」



 しれっとはぐらかされているね。

 まあ、文乃さんも無理に聞き出すつもりはないのだろう。

 



「なんだったら、私が眠れるまで耳舐めしてあげようか?」

「い、いらないですよ!やめてください恥ずかしい!」

「おっと、冷たいなあ」



 文乃さんは、顔を真っ赤にして身をよじって避ける。

 それを見て、成瀬さんはくすくすと楽しそうに笑う。

 本当に、仲の良い親友に見える。いや、事実そうである。



 それからしばらく、何事か小声で話していた。

 何を言っていたのかはよく聞き取れなかった。

 一、二時間ほどたつ頃には、二人とも寝てしまっていた。

 


 成瀬さんのことは、正直まだよくわからない。

 先ほど、文乃さんの質問を明らかにはぐらかしていたこともある。

 けれど、それはある意味当然なのかもしれない。

 人が、人に対して情報を全て明かすというのは怖いことだ。

 少なくとも、私は私の過去を文乃さん以外に話してはいない。

 私が勘で見抜けるからつい忘れそうになるが、本来人の心というのは、決して踏み込んではいけないものだ。



 けれど。




『きっと、いつか』




 彼女の心にも、大きく踏み込まないといけない気がする。

 友人の友人として。

 あるいは、かつての同僚として。

 彼女が何を思い、何を考え、行動しているのかということに干渉する日が来るのかもしれない。

 その結果彼女の心を傷つけるかもしれない、あるいは私たちの方が傷つくかもしれない。

 まあ、ただの勘だが。

 


 そして、同時に。

 何とかなるだろう、という予感もあった。

 何らかの原因で、これ以上深く関わるとしても。

 文乃さんと成瀬さんが、親友なのはきっと変わらないはずだから。

 

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