第23話『食いちぎるのか、あるいはその手を伸ばすのか』
「座右の銘って何かある?」
『……急にどうしたんですか?』
一緒にU-TUBEに上がっている動画を観ながら、しろさんが唐突に切り出した。
ちなみに、彼女は動画を観ながらもSNSでエゴサーチをしている。
一応言っておくが、これも活動の一環だ。
他のVtuberの動画を観て学び、SNSを通じてファンの反応を探っている。
明日行うことが決まった咀嚼ASMRの告知に対して、既存のファンがどう感じているのかを見ている。
Vtuberは遊んでいるだけで生活できる、などと揶揄されることが多いのだが、彼女を見ているとそれは違うと思う。
どちらかと言えば、趣味や遊びの場にまで仕事が侵食してくる、が正しい表現だと思う。
閑話休題。
結局、何がどうして座右の銘を聞いてきたのだろうか。
彼女は、SNSをすっと見せてきた。
『#Vtuberの座右の銘?』
「うん、有名なVtuberさんが考えたものっぽくてさ……」
ハッシュタグというものがある。
SNSにおいて、特定の話題であることを示すためにコメントに追記する目印のことだ。
言葉やスペースの無いフレーズの前にハッシュ記号、#を付ける形のラベルである。
#の後ろに文字列をつなげると、ハッシュタグとして成立し、これを検索すると、話題に関連するコメントのみ閲覧できる。
これを通じて、そのハッシュタグはSNSにおいてトレンドなどに載れば、それに乗っかる形でそのハッシュタグをつけて呟いたものたちもバズれるかもしれない。
知名度を求めている彼女には、絶好のチャンスには間違いない。
『それで、座右の銘は何なんですか?』
「……思いつかない」
『え?』
それはもうどうしようもないのでは、と正直思った。
経験上だが、アイデアが出ないものは出ないのである。
ましてや、SNSのトレンドはすぐに移り変わる。
期限は非常に短く、長考することもできない。
「それでも、どうしても何かしら投稿したいんだ」
『なるほど……』
……だがしかし、彼女はあきらめるつもりは毛頭ないようだ。
彼女は、少しでも多くの人に自身の配信を聞いてもらいたいと考えている。
そしてそう考えるのは、むしろ配信者として健全なことなのだ。
「まあ、君の意見を聞いて参考にしておきたくてさ」
『なるほど』
「君の座右の銘は、なんなのかな?」
『弱肉強食』
「待って待って待って」
なぜドン引きするのでしょうか。
私にはわかりません。
まあ、別にいいですけど。
「いやあの、なんでそんな荒んだ価値観なの?」
『そんな荒んでます?』
まあ彼女は、そんなことには縁がない生活を送ってきたのかもしれない。
強者は、目を向けようともしない。
踏みつけられた弱者の骸を。
お前は自分が食ったパンの数を覚えているのか、と言ったのは何のキャラだったか。
いやまあそれはいい。
とりあえず、理由を話す。
『社会に出て、働けばわかりますよ。一握りの強者たちが、そうでない弱者を踏みつける世界です』
労働者よりも、資本家の方が絶対に儲かるということを証明したのはどこの経済学者であったか。
けれど、そんなことはわざわざデータを取らなくてもわかることだ。
なぜなら、資本家が寝ている時も、誰か働いている人がいるから。
労働者は、どれだけ無理をしても、ブラック企業に勤めても、年単位で見れば一日三時間くらいは寝ている人が大半のはずだ。
が、資本家は二十四時間三百六十五日、弱者の作り上げたものを吸い取り続けている。
強者が、弱者の細い肉体を四六時中食らい続ける。
それが、この世界のすべてで、人は強者と弱者に二分される。
そんなことを説明したのだが。
「うーん」
まあわからないよね。
文乃さん、一般企業などでは働いたことないだろうし。
職業に貴賤はない、と私は思っている。
どんな職業であれ、金銭を得られるのであればそれが正義であるはずだ。
とはいえ、Vtuberという職業が一般的な職業とかけ離れているというのは事実である。
人と、直接かかわる働き方をしないと、強者や弱者に関する実感は得づらいのかもしれない。
普段外に出ないお仕事の方がどう思っているのかはわからない。
漫画家とか、小説家とか、投資家とか、そういう人たちにはお目にかかったことがないからね。
『まあ、これぶっちゃけ私の感想なんですよね。だから、結局は文乃さんが何を思っているか、ですよ』
「ま、それはそうだよねえ」
そう、結局のところ私の思想ではなく文乃さんの思いを言葉にしなくては意味がない。
少なくとも、彼女のファンは彼女の心からの言葉を求めているはずだ。
もちろん、彼女とてそんなことはわかっているはずだ。
あくまで、私を参考にしようとしただけで。
「思いつかないなあ」
『まあ、そういうものですよね』
座右の銘、というものをどれだけの人が普段意識しているのだろうか。
少なくとも、私は意識してない。
ただ常に考えて、頭の中にあることを単に言語化しただけ。
簡単な言葉でまとめただけ。
けれど、逆に言えば常々考えていることがないのであれば、座右の銘を言うことは出来ない。
『それならいっそ、逆に考えたらどうですか?』
「逆?」
『文乃さんとしてではなく、しろさんとして考えてみてはどうですか?』
Vtuberは、特に彼女は自己実現を目的として活動している。
だったら、どうなりたいか、どうありたいかを言葉にして。
そのままいえば、いいのではないか。
ただそれだけである。
「そうか。そうだよね。Vtuberとして、投稿するんだもんね」
『ええ、そうですね』
それからしばらくたって、彼女はポチポチとスマートフォンを操作した。
多分、何を投稿するかを決めたんだろうな。
『結局なんて、投稿したんですか?』
「あー」
彼女は、
「いやなんか、その、恥ずかしいというか」
『恥ずかしくて私には言えないと思うものを、SNSに投稿したんですか?』
「あー、もうわかった、言うよ。『実体のない、見えざる癒し手になりたい』って書いたんだ」
それは、なんだか。
なんだろう、こういう時になんというべきか。
明らかに不安そうな、なおかつ恥ずかしそうな顔をしている可愛らしい彼女に、私は正直に思ったことを素直に言った。
『普通のVtuberですね』
「普通のVtuberだよ!」
因みに、彼女の投稿はタグがトレンドに入ったこともあって、それなりに伸びたようだった。
その日の雑談配信は、いつもより少しだけ、見に来てくれる人が多かった。
だが。
「だーかーらー、あれはポエムじゃなくて座右の銘だってば!なんでコメント欄がポエムで埋まってるの!おい、そこ、なポエムしろっていうコメントやめなさーい!」
しばらくの間、しろさんはポエムであると視聴者に判断され、いじられることになった。
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