第17話『マンネリ化と、新規開拓』

 新人Vtuber、永眠ながねむしろがデビューしてから早くも一か月が経過していた。

 彼女の配信内容は、概ね二パターンに分類される。



 一つは、漫画やアニメなどを話題にしたオタクトークを中心とした雑談配信。

 初配信こそ夜だったが、それ以外の雑談配信は朝か昼に行うことが多い。

 朝、寝起きとともに配信を始めるか、昼食を取りながら始めるか。

 ふわっと、緩い雰囲気で始まる雑談配信は、人気だった。

 冥界出身というだけある、落ち着いた雰囲気をたたえた見た目の彼女が熱く好きなものについて語る配信は、おおむね好評だった。



 トークの内容は丁寧で、何かを貶めたり、人を傷つけないように配慮していることが伝わる温かい喋りである。

 間の取り方も絶妙で、面白いというよりはどちらかというと癒されるとか可愛らしいという方が近いと思う。

 私としても、昔に読んだり観たりした作品について彼女が語ってくれるのは嬉しいし、新鮮だった。

 彼女は、最近漫画やアニメなどにはまったらしく、視聴者のおすすめなどを聞きながら新たな作品を摂取し続けている。

 そして、その感想をまた配信で話す。

 視聴者たちは、しろに見て欲しいがために、コメントでまた作品を布教する。

 そういう、好循環が続いていた。

 


 もう一つ目は、ASMR配信。

 声がよく、加えて初心者とは思えないほどの技術も持っている彼女は、私と疲れ切った視聴者の耳を心ごと癒していた。

 別に、過度に性的なことをしているわけではない。

 そもそも、ささやきや吐息、彼女はしていなかったが耳舐めなど、性的なイメージを持たれるASMRだが、U-TUBEにおいてはそこまで性的なものは少ない。

 U-TUBEは子供でも見れるように、過度に性的なコンテンツは削除されたり年齢制限がかかるようになっている。

 いわゆる、「おかず」になるようなものは、大抵別のプラットフォームで行われているのだ。

 そもそも過度に性的にせずとも、彼女のASMRに惹かれるものは多かった。

 付け加えて言えば、U-TUBE上で行われているASMRは

 実際、雑談配信より遥かにASMR配信の視聴回数は多い。

 おそらくだけど、ASMRだけを見に来ている層が多いのだろうと思う。

 実際、私も生前ASMR配信だけを見て、他の配信は観ないということもあったしね。



 そして、極めつけはこれを毎日やっていること。

 つまり、毎日二回行動していること。

 配信時間だけでも毎日合計四時間。

 加えて、配信のネタ集めやリハーサル、アーカイブを見返しながらの反省会などもある。



 これに、高校生としての学業も加わる。

 かなりハードなスケジュールであるが、今のところ問題なく、体調を崩すこともなくなんとかなっている。

 あまり私にはよくわからないが、喉スプレーやのど飴など、喉のケアも入念に行っているようだ。

 そんな生活をひと月続けた結果、彼女のチャンネル登録者数と、配信時の同時接続数は順調に伸び続けていた。

 


 付け加えれば、彼女の力だけではないらしい。

 文乃さんが言うには、広報担当の力が大きいんだとか、なんだとか。

 以前見かけたメイドさんは、単なるお手伝いさんというわけではない。

 文乃さんのVtuber活動のサポートが主な業務であり、三人で文乃の活動をサポートしているらしい。

 


 SNSの管理などを中心に行う、広報担当、氷室さん。

 サムネイルの製作や、機材などの設定をする機材担当、雷土さん。

 スケジュールや体調、メンタルの管理や外部との連絡、経理などを行う、マネージャー担当の火縄さん。


 ……いやあの、はい。

 初めて聞いた時は私も驚きましたよ。

 『そんなことまでメイドさんってやるの?』って反射的に突っ込んじゃったもんね。

 生前色々あって感情がほとんどなくなっていたんだけど、マイクに転生してから感情を揺さぶられることばかりである。

 機械より感情がない人間を嘆くべきか、人より感情豊かな機械としての今を喜べばいいのだろうか。

 閑話休題。

予算などの周辺環境を気にする必要が全くないというかVtuberとして活動するのには恵まれすぎているレベルの環境も、彼女の躍進に一役買っているということらしい。


 

 ビジュアル、声の良さ、そして毎日二回以上・・行動という配信頻度の高さによって、彼女は順調に登録者やファンを増やすことに成功していた。

 


 だが、彼女には悩みがあった。

 Vtuberには、常に悩みが付きまとう。

 そもそもが、常に感情のこもった数多のコメントを投げられる仕事である。

 それが好感からくるものであれ、悪意からくるものであれ、わずかではあるが疲弊する。

 無数の言葉を受け止め続ければ、普通の人であれば壊れてしまう。

 さらに言えば、発言一つで炎上してしまうリスクもある。

 なので常に気を使いながら話さなくてはならない。

 そんなストレスのかかる生活をしなくてはならないのだ。

 メンタルケア担当のメイドがいる彼女にとっても、それは例外ではない。

 デビューして一か月、彼女の悩みは徐々に大きくなっていき。

 私に相談するまでに至った。

 それは、端的に言えば。



『……ネタ切れ?』

「……うん」



 漫画家と担当編集がしていそうなやり取りをしてしまった。

 端的に言えば、マンネリ化、或いはパターン化である。

 まあ確かに、毎日毎日同じ配信を二回してるだけだもんね。

 もちろん、雑談配信の時間帯を変えることはある。

 なんなら余裕がある日は、朝と昼に雑談配信を行う三回行動をすることもある。

 だが、基本的なコンテンツとしては変わらない。

 これは、いいことでもある。

 それでもなお、来てくれる人がいるということは、コンテンツとして安泰であるということで、固定客をつかむことに成功しているのだから。

 現状維持には成功している。

 だが。



「でも、同じことばかりだとマンネリ化してしまうから、良くない気がするんだよね」

『ふむ……』



 まあ実際、Vtuberを見に来る層は、大なり小なり何かしらの刺激というか非日常を求める人が大半のはずだ。

 私がそうであったように、非日常を経験したいからこそ二次元と三次元のはざまにいるコンテンツたるVtuberにもそれを求めるものは多いと思う。



「現状維持は出来てるけど、それだけじゃダメなんだよ」

『まあ、そうですねえ』



 現状維持に回った、コンテンツは廃れる。

 そして何より、彼女はバズらなくてはならない理由がある。

 彼女の目的は、音を通して人を癒すこと。

 そして癒す人数は、多ければ多いほどいいに決まっている。

 わざわざメイドの一人に広報をさせているのは、そういう理由なのだろう。

 彼女の活動は、金銭をモチベーションにしていない。

 だからこそ、自己実現と野心に対して彼女の心はまっすぐだ。

 


 メイドさんたちに相談すればいいのではと思ったが、彼女たちは割り当てられた仕事以外はやらない主義らしい。

 メンタルのケアを行おうとはするが、企画を一緒になって考えることはしないつもりらしい。

 気持ちはわかる。

 私だって、給料以上の仕事はしたくないし。

 ……したくなかったし。

 まあ本来、こういう自己プロデュースは配信者の仕事である。

 彼女が一人で考えるべきだが、そうやって突き放すのもそれはそれでどうなのかと思う。

 正直に言えば、私も彼女が悩んでいることには気づいていた。

 ただ、その悩みが具体的にどういうものかはわからなかった。

 活動について、私が口をはさんでいいのかどうかわからなかった。

 そして今日まで聞かなかった結果、彼女の方から相談を受けた。

 さて、どうしたものか。

 私自身、この問題についてどうすればいいのかわかりかねる。

 方針を変えれば、今まで付いてきてくれた人たちが離れてしまう可能性もある。

 かといって、新規の顧客を取り込む工夫をしなければ、彼女の望みは叶わない。

 つまり必要なのは、既存の顧客を置き去りにしない程度の変革だ。

 それをするために、すべきことは。



『とりあえず、視聴者さんに直接訊いてみたらどうでしょう?それかマシュマロを見てみるとか』

「それもしてるんだけど、リクエストは耳舐めとかくらいしかないかなあ」

『あー、年齢制限とかついても面倒ですしねえ』

「でもそっか、配信で訊いてみるってのはいい考えだよね。ありがとう」

『なぜお礼?』

「なんというか、人に頼るってことがあんまり今までなかったからさ」

『…………』



 彼女が自殺を試みた理由が分かった気がした。

 辛いことがあった時、苦境に追い込まれた時に。

 味方がいないという事実は、人の心をむしばむ。

 それこそ、死にたくなるほどに。



「頼りにしてるね、相棒」

『……こちらこそ、頼りにしてますよ、文乃さん』

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