第2話『転生したらダミーヘッドマイクだった』
「――べ」
意識が覚醒する。
不思議と、頭はすっきりしている。
ここ最近、寝ても疲れが取れることなどなかったのに。
睡眠時間がまるで取れていないこともそうだったが、それ以前に眠りが浅くなっていたためまともに休めたことが就職してから一度もなかった。
だが、今は意識がクリアな気がする。
頭や首のあたりに常にあった疲労感が全くない。
内面を考察しながら、外界にも私の意識は向いていた。
複数人が会話をしているらしいことが感じ取れる。
多分、それらの声で起きたんだろうという推測もできる。
「さっさと組み立てろよ。お嬢様がお帰りになる前に」
「あの、これどこにどうやって接続すればいいんですか?」
「うん、ああそれはこうするんだよ」
「急いでくださいね。お嬢様がご帰宅なさる前に終わらせなくては」
何事か、聞こえる。
誰かが、話をしている。
声の主はおそらく、全員女性だろうか。
日本語で話しているゆえに言葉の意味は分かるが、何の話をしているのかはまるで理解できない。
何が起こっているのかさっぱりわからないが、とりあえず五感を使って周りの状況を探るのが最優先だ。
臭いはわからない。
味覚もない。
なんなら、そもそも口が開かない。
一体何がどうなっているのだろうか。
ただ、音だけは聞こえる。
目は見えるだろうか。
『…………』
目を開けること、目で物を見て捉えること。
それを意識する。
すると、ゆっくりと視界が開けた。
漫画によくある、意識を失ったキャラクターがめざめた時のように、薄い視界が徐々に戻ってきた。
その時、奇妙な感覚を覚えた。いや覚えなかったというべきか。
目を開けたのは事実なのだが、どうにも瞼を開けた感覚がない。
視界が広がったので間違いなく目を開けたのだが、皮膚が動いて目を開けたという実感がないという意味だ。
奇妙なことだが、触覚が存在していない。
付け加えれば、ドライアイ特有の目がじりじりと焼け付く感覚がない。
もともとそういう傾向があったのだが、社会人になってから、特にひどくなった。
正直、仕事の内容を抜きにしても画面を見るのが苦痛になってしまうほどには酷かった。
が、今はそれが全くない。
痛覚や触覚がなくなったのだろうかと推察できる。
あまり医学については詳しくないのだが、麻酔を打てばそういう感覚もなくなるのかもしれない。
おそらく、私は転落したが、運良く死ななかったのだろうか。
しかし、大怪我をして麻酔を打たざるを得ない状況になったのではないかと推測ができる。
そもそも、電車に轢かれずとも、ホームから転落すれば怪我をすることだってあるだろう。
金属のレールと、石ころの上に落下するのだ。
死ぬことはまずなくとも、骨折くらいはよくあることかもしれない。
ともかく、意識があるということはまだ生きているということだ。
死後の世界や、生まれ変わりなど存在するわけがないのだから。
『――あれ?』
そこまで思考を回してようやく、私は眼前の光景に気付く。
そこにいたのは三人のメイド。
メイド喫茶やコスプレで見るようなミニスカメイドではなく、むしろシックなロングスカートのメイドさん。
三人とも落ち着いた雰囲気を身にまとっており、コスプレの類でない本職のメイドさんだとわかる。
まあただの勘なのだが。
しかし、この二十一世紀にまだメイドという存在がいるのだろうか。
私には、想像もつかない世界であるということだけは確かである。
彼女たちは相談しながら何かをいじっている。
よく見れば、コードのようなものを手に持っている。
医療器材か何かだろうか。
いや、だとしてもメイドさんがそういったものを触っているのだろうか。
せめてナースではなかろうか。
もしかして彼女たちは看護師で、メイド服に見えるのは制服だったりするのだろうか。
『ここはどこ?』
私の視界に入っているものは、当然メイドさんだけではない。
例えば、派手で、高級そうな柄の絨毯。
例えば、落ちたら人を叩き潰せるであろうと思われるほどの大きさのシャンデリア。
例えば、スイートルームにありそうなほどに巨大な、アニメで見る貴族が使うような天蓋付きのベッド。
例えば、何十のドレスが、靴が、女性用の衣服が飾られたクローゼット。
そして、そういった家具を決してギリギリではなく余裕をもって入れられる巨大すぎる部屋。
端的に言えば、アニメの王侯貴族が使うような部屋である。
この部屋が何なのかはわからないが、一つだけ言えることがある。
間違ってもここは、病室ではない。
訳が分からない。
「設置完了ですね」
「お疲れさまです」
「お疲れ様」
どうやら一仕事終えたらしいメイドさん達は、満足げな顔で互いに労いの言葉を掛け合っている。
一人のメイドさんと目が合った。
いやあったのというのは、気のせいなのだろう。
たまたま、私の目線と彼女の目線がかち合っただけに過ぎない。
彼女の瞳には、私の肉体が映っているはずだ。
そのはずだった。
実際には、彼女の瞳に
人の体は、身に着けているはずの服が、二十余年慣れ親しんだ顔はそこにはなかった。
代わりに、全く異なるものが映っていた。
『……何これ?』
何これ、というのはそれが何か知らないゆえの疑問、ではない。
私はそれを知識として知っている。
ただ、それを実際に見たことはないし、触れたこともない。
何より、私を見ているはずの彼女の眼の中に映っているということが受け入れられなかった。
それ故の、拒絶が言葉になって漏れてしまったというだけの話。
それは、人ではないし、生物でもない。
黒い、プラスチックでできた頭部。
眼球も髪もない、モアイ像のような顔面。
しかし、耳だけは本物に近い形状をしている。
首から下には、長さを変えられる支柱がついている。
それは所謂、
……私、ダミーヘッドマイクになってる?
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