22−2
夜空のような背景に四角形が区切られ、動画再生のウインドウとなった。動画の中では、白抜きのグリッドが上下左右に動き続けていた。よく見れば、グリッドの上を小さな影がいくつも動き回っていた。左から進む影は斜めに並び、もう一方は群れを成して移動をしている。斜めに並んだ方では、影から影へ、何かが投げて渡されていく。群れを成した方はそれを追い掛けて行く。渡されているのは恐らくボールだ。あの中に、おれや濃川捜査官の細分化した人格データが入っているに違いない。これは、現在行われている〈クラッキング・ラグビー〉の様子なのだ。
「相手をここまでこちらの指定したルールの支配下に置けるプログラムを組むなんて、科野さんはとんでもない方です。敵に回したら恐ろしい」
「逮捕はしないでやってください」
左側、即ちおれたち側のプレイヤーが斜め後ろへ向けてパスを出した。だが、右から走り込んできた影にボールを奪われた。攻撃が一転、守備をしなければならなくなった。
「ボールを取られたら終わりじゃないんですか?」
「トライを決められなければ大丈夫なようです。ただ……」
取られたボールはそのままゴールラインの左側へ運ばれていく。誰も戻ることができず、独走を許した形となった。
「残りのデータは二つ。後がなくなりました」
「何か、こっち側のチームの動きが以上に遅い気がするんだけど」おれは自分たち側のチームを見ながら言った。「プログラムがスタミナ切れを起こしてるとかそういうこと?」
「むしろ相手の速度が上がっています。このラグビーというゲームにシステムが順応してきているようです」
「さすが天下のサバクタニ」
ハーフウェイラインからのドロップキックで試合再開となる。残り2トライ。これを決められなければ、おれたちはデータの残骸のまま、永遠にサーバの片隅に転がっていることになる。
ボールをキャッチした侵入側が前進していく。パスでボールを回し、敵のタックルを受けたらモールを作り押していく。だが、その進み方がどうにも鈍い。バックスにボールを出す度に押し返されているようにさえ見える。かといって、ボールを出さずにフォワードだけで押し込もうとしても力が不足している。結局、相手のプレッシャーに負けてノックオンし、相手ボールでのスクラムとなった。そのスクラムも力の差があり過ぎて上手く組むことができず、コラプシングを取られてペナルティキックとなった。
「これで点が入ったりすれば……」
「その時点で試合終了です」
相手からすれば五メートルライン際の難しい角度だったが、蹴り上げられたボールは綺麗な縦回転をしながら二本のゴールポストの間を通過した。
ノーサイドの笛が鳴り、ウインドウはおれの心象風景を写したように真っ白になった。程なくしてそのウインドウも閉じられた。後には濃紺の空間と、断続的にそこを行き交う光の筋だけが残された。
「ええっと」沈黙を埋めるように、おれは言った。「これからどうしましょう?」
「作戦を変更します」と、濃川捜査官は言った。特に悲しんでもいないような、平らな声だった。「プランBです」
「準備していたのですか?」
「万が一にということで科野先生が用意してくださっていました」
「それは懸命ですね」おれは本当に久しぶりに科野に心からの感謝の念を抱いた。「で、どういう作戦なんですか?」
「我々の情報体を一つに統合します」
「統合……」抵抗のある響きだった。
「頭部のデータは最も情報質量が多いので、これを片方の体として使用します。完全な再現とはいきませんが、情報空間を動き回るには困らない程度の代用品にはなります。どうかご安心を」
「いや、おれが懸念しているのはそこじゃなくて」
「時間がありません。わたしのデータを分解して、夢野さんの体に割り当てます」
「濃川さんの方がいいんじゃないですか?」おれは言った。「何かあった時、的確に対処できるのは濃川さんの方でしょう」
「夢野さんの個人用ストレージを開くには、夢野さんの意識で認証する必要があります。そのためには、しっかりと意識が形成されていなければなりません。バラバラになっていては意味がないんです」
「でも、おれと濃川さんが一つになるなんて、そんな——」
「わたしとしても恥ずかしくないと言えば嘘になります。しかし、他に方法はないのです。背に腹は代えられません」
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