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意識の圧縮以降、サーバ内に到着してから復元されるまで、自分という存在の自由は一切利かなくなる。圧縮された瞬間に深い眠りに落ち、次に気付いた時にはサバクタニのサーバにある、おれのクラウドストレージの中だという。
「寝て起きたら全て済んでるなんて楽な話だ」おれは言った。
「送り込める圧縮・分割データが少なかったり0だったりすると、そのまま目覚めることもないけどね」
科野がコンソールをいじりながら言った時、おれと濃川捜査官は既に頭に器具を装着させられていた。
「つまり死ぬってことか?」
「大丈夫。意識のバックアップは取ってあるから」
「それはこのおれじゃないんだろう?」
「傍から見たらわかんないから平気だよ」
「おれが平気じゃない——というか、こんなこと、前も言ったな」
「わたしは構いません」濃川捜査官が平然と言った。「もし夢野さんが抵抗があるというのなら、わたし一人でも行きます。その方が、より多くのデータを送り込むことができて安全ですし」
「個人のストレージはその持ち主の意識クロックと照合して鍵が開くから、本人が行かないとダメなんだよ。濃川チャンの心意気は大変素晴らしいんだけど、センセイのヘタレな尻を蹴っ飛ばしてでも連れて行くしかないんだ」
「誰がヘタレか。おれからやれ」
「いいねえ、その意気その意気」
殺風景な処置室に、知り合いの闇医者、それから頭脳警察の捜査官。家族に看取られながら穏やかな最期を迎えたいと思っていたが、それとはほど遠い光景である。これが人生最後の風景、とは考えないようにした。
幸い、再び瞼を上げることができた。感覚としては長めの瞬きを一度した程度だった。
しかしそこは、明らかに一瞬前までいた診療所の処置室ではなかった。人格ゲシュタルトを復旧させるために潜った、おれの人工脳の中と似た感じはあるが、眺めはまるで逆だった。あちらが昼だとすればこちらは夜。ここは、ほとんど黒といっていい紺色に覆われていた。その中を、青や緑、赤の光が流星のように走っていた。流星と違うのは、それらの光が様々な方向から伸びてくる点と、時には直角に曲がったりする点だ。光の正体は、行き交うデータなのかもしれない。だとすると、ここはサーバの中ということになる。おれたちは侵入に成功したのだ。
本当に寝て起きたら全て済んでいた。何だかんだ言ってもさすがは科野だ。そんなことを思いながら、おれは起き上がろうとした。だが、体を上手く動かすことができなかった。考えてみれば、情報体の動かし方をおれは知らなかった。
「違います。そもそも動かす体がないんです」声がした。濃川捜査官の声だ。
おれは彼女の姿を探した。だが、どこにも見当たらなかった。というより、おれの視界は固定されたまま、他の方を向くことができなかった。
意識だけの存在というのなら、人格ゲシュタルト復旧の際と状況は同じだ。だが、あの時は自分の意のままに動き回ることができた。それが今回は違う。意識は明らかに何かに固定されていた。自由に動かすことのできない何かに。
「状況はなかなか厳しいようです」濃川捜査官は言った。彼女はおれの右側にいるようだった。
「でも、こうして意識はサーバに入ることができた。一応は成功と言えるんじゃないんですか」
「後のデータがことごとく防がれています。このままだと我々は、永遠にここで転がっていることになります」
感覚が慣れてきたのか、目だけは辛うじて彼女の方へ向けることができそうだった。だが、「見ない方がいいですよ」と制されてしまった。
「地面に転がる二つの生首を想像してください」
おれは言われた通り想像した。
「それが今のわたしたちです」
「なるほど」ため息が出た。ため息をつける程度の程度のデータはあるようだった。「それで、試合はどうなっているんだろう。まだ続いているんだろうか」
「今は十個目のデータを転送しているところです。ちなみに、これまでのところ転送に成功したのは、九個中三個。情報体として最低限活動可能に必要なデータは五個なので、もうあまり余裕がありません」
「何かできることはないのかな」
「我々が直接手を下せるようなことは何も。ただ応援をするぐらいでしょうか」
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