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『どういう手を使ったの?』彼女の元にも、こちらのMINDは表示されているはずだった。それを目にして、彼女は言ったのだ。
「ちょっと大きな仕事をこなしただけさ」
『疚しいことをしたんじゃないんでしょうね?』
「心外だな。真っ当なことをして、真っ当な相手からもらった数値だよ」
『……いいわ、信じる』相手は素直に折れた。あまり食い下がって名誉毀損なんて話になった場合、MINDの高いおれの方に有利な判定が下されるとわかっているのだ。『用件も大体わかる。あの子に会いたいんでしょう?』
「話が早いな」
『98なんて数字を出されちゃね』
妻の方は86と出ていた。一般企業の正社員としては平均的な値だろう。普通に暮らす分にはそれだけあれば充分だ。
「慰謝料も払わなきゃならなくなるな」今まではおれの数値が低いため、免除されていた。
『いいわよ今さら。こっちはこっちでやっていけてるし』
「その……元気か?」
『あの子? ええ、元気よ。毎日部活で忙しいみたい』
「吹奏楽部だっけ?」
『そう。知ってる? クラリネットって引っ繰り返るぐらい高いのよ? ああ、やっぱり慰謝料もらおうかしら』
「買ったのか」
『素質があるって先生に言われて、担当にされたんだって。買わないわけにはいかないでしょ』
「相談してくれれば出したのに」
『いいわよ。どうせスケベな漫画描いて儲けたお金でしょ。中学生の部活にはそぐわない』
「それもそうか」おれは頭を掻いた。「お前はどうだ。変わりないか?」
『ええ、相変わらず。仕事は忙しくて、毎日粉になりそうになりながら働いてる』
「悪いな。仕事中か?」
『休憩中』スー、と息を吐くような音が聞こえた。
「煙草、また再開したのか」
『擬似煙草よ。においもないしニコチンも入ってないしMINDも下がらない』
「あいつの前ではやめろよ。教育に悪い」
『自分だって昔は散々吸ってたくせに。しかも本物を』
「子供が生まれてからはやめただろ」
『外で隠れて吸ってたでしょ。においでわかったわよ。いくら消したって、ああいうにおいは消えないの』また、スーと吐く音がした。
「ほどほどにしろよ。煙草も仕事も」
『あなたもね。仕事はもう少し頑張った方がいいと思うけど』
面会の日時や場所は追って連絡すると言われ、元妻との通話は終わった。ソファに沈み、不思議な高揚感に浸った。MIND54の時は梨のつぶてにされたものだが、98ともなると面会の約束までこうもすんなり取り付けられる。初めて、自分が何か大きなことを為したのだという実感が湧いてきた。
ふと、視界の隅に白い人影が見えた。セーラー服姿の少女だった。彼女は不満そうに片側の頬を膨らまし、こちらを見ていた。
「どうした?」
「別に」少女はそっぽを向いた。
「怒ってるのか?」
「怒ってないよ」
「怒ってるじゃないか」話すうち、この仮想人格の物言いが誰かに似ていることに気付いた。元妻だ。もっとも、それも当然の話で、仮想娘を科野に作ってもらう際、外見こそは盗撮した娘のそれを使ったが、人格に関してはおれの記憶にある元妻のものを使ったのだ。これを組んだ時、本物の娘はまだ二歳だった。「おれが本物に会いに行くのが、そんなに不満か」
「別に不満じゃないけど」仮想娘は不満げに言った。「お父さん、そのためにずっと頑張ってきたわけだし」
「頑張ってこられたのはお前のお陰だ。お前がいなかったら、娘と会うことなんてとっくに諦めていたかもしれない」本心から言ったつもりだった。
「お父さんは、わたしがいなくても諦めなかったよ」
「ははーん。さてはお前、自分が消されるんじゃないかと思ってビビってるな?」
「そ、そんなんじゃないよ」
「図星か」
すると娘は自分の腕を抱え、もじもじしながら床に視線を走らせ始めた。
「半分は当たってる。けど、あとの半分は心配」
「心配? 何の?」
「お父さんの」
「おれの? 何を?」
床を這っていた視線がこちらを向いた。尖った怒気が含まれていた。その理由が、おれには全くわからなかった。
「鈍感」
「いきなり何だよ。言葉で説明してくれよ」
「能なし。そんなんじゃ、いくら記憶が沢山あったって意味ないよ」
娘はこちらへ背中を向け、座り込んでしまった。アルマジロが丸まって身を守るような、他を寄せ付けない頑なさがそこにはあった。それからは、何を言っても娘が振り向くことはなかった。
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