13
13
具体的な段取りは濃川捜査官が整えてくれた。
まず、頭脳警察側で追跡用のプログラムを作る。それと同時並行して、おれの方では流出用のダミーのアイデアを拵える。両方の準備ができたら、記憶データに追跡プログラムを仕込み、サーバ内のおれの個人ストレージに保存する。あとは事の進展を座して待つばかり。ある程度流出が成ったら、追跡プログラムでその経路を解析し、サバクタニとの繋がりを洗い出す――と、これが濃川捜査官、即ち頭脳警察側でのシナリオであった。
だが、おれの手元には台本がもう一冊あった。砂漠谷エリから渡されたものである。実は今回の舞台は、こちらの〈裏台本〉とでも呼ぶべきもう一冊に基づいて進行していくようにできていた。
といっても、この裏台本には大した指示は書かれていなかった。ト書きが一つ〈濃川捜査官と会って話をする〉と書かれているだけだ。そしておれはこのト書き通りに動いたはずだ。自分の脳を囮捜査に使うと申し出たのは言い過ぎだったかもしれないが、濃川捜査官の疑いの目を誤魔化せたのは確かであった。
彼女との会話が何故、砂漠谷エリが言うところの〈世界を救う〉ことになるのかは定かではなかった。具体的に何かをしたわけではないし、明確に何かが変わったわけでもなかったので、疑問だけが残った。だが、おれは確かに何かをしたようだった。
数日後、大量の
実感は薄いが、作戦は成功したようだった。どれだけニュースをチェックしても、相変わらず世の中で大きな事件が起きた様子はなかった。
或いは報道管制か何かが敷かれ、一般市民の見えないところでは大変な騒ぎになっている可能性も考えられた。警察の様子を探るため、濃川捜査官と連絡を取ろうかと思ったが、彼女の名前を表示したところで手が止まってしまった。言語化できない何かが、深層心理の奥底から「やめろ」と言っている気がしたのだ。
折角手に入れた好機を自らの手でみすみす潰す必要はない。後ろめたさなど感じなくていい。お前は的確な判断を下し、するべきことをしただけだ——。それらの言葉は、赤子の手を捻るよりも簡単におれを屈服させた。おれの中で生じた、おれが欲しかった言葉なのだから、当然といえば当然だ。おれは濃川捜査官の表示を消した。それから改めて〈MIND98〉という仮想表示を呼び出して、その字面を眺めた。
深く息をついた。恐怖に由来していた後ろ向きな緊張は、高い壁に挑むというポジティブなものに変わった。
おれは、久しく使うことのなかった元妻の番号をダイヤルした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます