11−4

「そろそろ、本題に入ってはもらえないだろうか……」パンパンに張った理性が弾け飛ぶ寸前だった。おれはもつれる舌をどうにか回して、彼女に言った。

 砂漠谷エリはおれの胸に顔を埋めた。彼女の冷たい鼻先と温かな吐息が、同時に皮膚を刺激してきた。ここは電脳空間であり、刺激は全て電気信号なのだとおれは自分に言い聞かせた。そうでもしないとどうにかなってしまいそうだった。

「助けて欲しいの」彼女は呟いた。

「助ける……?」おれは心地よい震えに襲われながら問い返した。

「ええ。あなたにしかお願いできないの」

「おれにしか、できない――あぁぅ」彼女の指が――いや、これ以上はやめておこう。あとはこれを読む者のご想像にお任せしたい。とにかく筆舌に尽くしがたい快楽であった、とだけ記録しておく。

「そうです……あなたにしか……できない」砂漠谷エリの息も荒くなっていた。

「何です……それ……はぁぁっ」

「わたし……狙われて……いるんです……」

「だ……誰にです……?」

「あなたもよく知っている人たち……」

「思い当たらないな……アァッ」

「……よく考えて」彼女はおれの中に入ってくるような口調で言った。あるいは、おれが彼女の方へ入っていっているのか。そのどちらでもあるのだろうか。

「け……」おれは溶けかけの意識で喘ぐように言った。「警察……?」

「ただの警察……ではないわ」

「頭脳……警察……」

 一瞬、濃川捜査官の顔が思い浮かんだが、波に呑まれるようにすぐ消えた。そのまま、彼女の顔を思い出すことができなくなった。

「彼女たちは……あなたを利用しているわ」砂漠谷エリが言った。

「利用……」何か問うべき疑問が浮かんだ気がしたが、掴み取る前に意識の波間へ呑まれて消えた。

「大方、あなたをダシにして、SSSS《わたしたち》に踏み込もうという算段なのでしょうね」

「おれは……捜査への協力を……求められただけ……」

「違う……あなたは罠を仕掛けられた……」

「罠……?」

 彼女の――おれのでもある指先が、おれの――彼女でもある中へ入っていった/きた。おれは声にならない声を漏らした。砂漠谷エリも同じ感覚を味わっていると考えるだけで、鳥肌が幾重も押し寄せる波のように全身を駆け巡った。

 指先はおれ/彼女の中を弄り、何かを引きずり出した。砂漠谷エリの息づかいが荒くなった。おれはもはや、呻くことすらままならなかった。

「これを見て」彼女が何かを掲げた。

 黒くて長い、節足動物のようなシルエットが躍っていた。いや〈ような〉ではなかった。それは見紛うことなきムカデだった。それも脱ぎ捨てた靴下ほどのサイズがあった。それが右へ左へと、いくつも連なった足をそれぞれ動かしながら揺れていた。

「はぁあぁぁあぁぁ」今度は快感とは逆の声が出た。後退ろうとするが、砂漠谷エリがそれを許してくれなかった。

「ようく見て」彼女が耳許で囁いた。「これが頭脳警察彼女たちのやり方。こんな恐ろしいものをあなたの中に植え付けて、わたしたちのサーバに侵入させようとしたの。正攻法では、決して踏み込めないとわかっているから」

「こんな毒虫が今までおれの中に……」

「そう、ひどいことをするわね。でも心配いらないわ」

 ムカデを摘まむ白い指には、特に変わったことは見られなかった。だが、ムカデはピタリと動きを停めると、そのまま頭の先からさらさらと砂になって闇へ消えていった。

 指先に付いた粉を、砂漠谷エリは吹き散らした。

「これでもう安心」

 おれは彼女に引き寄せられた。彼女の膝を枕にして寝かされた。頭を柔らかな手つきで撫でられた。

「怖かったわね。もう大丈夫よ」先ほどとは打って変わり、母のような口調であった。淫らな気持ちは露と消え、今度は縋りたいような心細さが胸の奥から湧いてきた。

「おれは……大変なことをしでかすところでした」

「いいのよ、気にしないで。無事に済んだのだから」

 撫でられる毎に、己の愚かさを思い知らされるようだった。自然と泪が溢れてきた。情けなさと、それから、圧倒的な慈悲深さ。

「あなたは……」おれは震えながら言った。「おれを助けてくれたのですね」

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