7−3

「見たところ普通のメールですが」

「そう、普通のメール。つまり、一般的に使われている昔ながらの電子メールです。NODEユーザでなくとも、端末から送受信可能な。NODEの中では〈外部メール〉なんて呼び方をされています」

「〈外部〉があれば〈内部〉がある」濃川捜査官は呟くように言った。

「その通り。そちらはDMと呼ばれ、ユーザ同士でのやり取りが可能です。実際はサーバ内部で処理が完結しているのでしょう。こういう機能がありながら、ジェット氏はなぜかわざわざ外部メールを使っているんです」

「このメールを送信した時点で、DMを送れない状態にあったということでしょうか」

「恐らくは」おれは頷き、おれの口が続けた。「NODEユーザがDMを送れないというのはつまり、サーバにアクセスできていないということです」

 圧倒的な通信網の発達により、地球上どこにいても不自由なくネットワークの恩恵を受けられるようになった現代。だが、そうした謳い文句が当てはまらない場所が世界にはいくつかある。それらは不備などではなく、そうしたものを必要とする者たちによって敢えて設えられた、システムの〈空白地帯〉なのである。濃川捜査官も思い至ったようだった。

「――下層現実アンダー・ワールド

「世間から身を隠すには最適の場所ですね」おれは言った。「あそこなら、サーバとの接続を切ることができる」

「ですが、あれは都市伝説なのでは」

「実在しますよ、下層現実は。ただ入るにはコツがいるというだけで」

「行ったことがあるのですか?」

「何度か」一度や二度ではなかった。

「場所を教えてください。これから向かいます」

「行ったところで濃川さんでは入れませんよ。下手をすると、何が起きたかわからないまま危害を加えられることになる」

「武術は身につけていると言ったはずです」

「それは見えている相手に対して有効なものでしょう?」おれは言った。本心から、彼女を行かせるわけにはいかないと思った。「相手にはあなたが見えているが、あなたには相手が見えない。下層現実はそういう場所です。それなりの下準備が必要なんです」

「ならばその準備を整えます。何が必要ですか?」

「それは、おれに任せてもらえませんか」

「夢野さんに?」

「言ったでしょう、何度か訪ねたことがあると。その筋にはツテがあるんですよ」

 レンズの向こうから、彼女はまたしても疑いの眼を向けてきた。まあ、これまでのことを鑑みると、一度で信用しろと言う方が無理な話だろう。

「信用しても良いのでしょうね?」

「おれには何も言えません」おれは肩をすぼめた。「メールの件も黙っていたことだし。信頼されないのは重々承知しています」

 濃川捜査官は考えあぐねた末、腹を決めたようだった。

「お任せします。ただし、なるべく法には触れない形でお願いします」

「触れませんよ、法にも道徳にも」

 言ってから、おれは再びガラスの外へ目を向けた。美人三姉妹の巨大ホログラム。その真ん中、砂漠谷エリがこちらへ顔を向けていた。まるでおれの姿を捉えたように、ホログラムは微笑みを浮かべた。おれもつられて微笑み返した。おれの口が、両端を吊り上げるのだから仕方がなかった。

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