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朝方まで仕事をして仮眠をとり、午前十一時に飯田橋駅に着くよう家を出た。そこが濃川捜査官が指定した待ち合わせ場所だった。
髭を剃り、髪を整え、久しく着ていなかったジャケットに袖を通した。可能な限り身綺麗にして、丸ノ内線を新宿方面へ乗った。おれのMINDではこれでも改札を通れるかはギリギリだ。MINDは可視化されていないとはいえ、今どき自動改札が開かない理由など一つしか考えられないから、恥を掻くのは必至だった。
少しでもリスクを下げるため、人の多い新宿ではなく四谷で乗り換えを試みた。なるべく人の流れが少なくなったところを見計らい、改札機に掌を翳した。運賃とデポジット残高が視界に表示され、改札の仕切は無事開いた。通り過ぎた後、額がじっとり汗ばんでいることに気付いた。一体いつから電車に乗るのにもこんなにビクビクしなければならない人間になったのだろう。これではまるで指名手配犯か何かだ。
漫画家になどなるべきではなかったのだろうか。今さら後悔などしないが、こういうことがあると時々そういう考えが浮かんでくる。当初決められていた通り――両親の期待通りの道を歩んでいれば。少なくとも、頭を開いて載せ換えた人工脳を無駄遣いしていると感じる人生にはならなかったのかもしれない。
お堀端をなぞるようにして電車は進み、飯田橋に着いた。改札を抜けると目の前に、SSSSのホログラム看板が建っていた。映っているのは同社のトップに君臨する美人三姉妹、
この世の美を凝縮したような三人を、濃川捜査官は見上げていた。トップモデルと田舎の中学生。端から見ると、両者は〈女性〉という軸線上の、およそ対極に位置する存在だった。いや、軸を〈人間〉にしたって、同じ側には属さないだろう。馬鹿な考えを頭の奥へ押し隠し、おれは声を掛けた。
「すみません、お待たせしたようですね」
「いえ」濃川捜査官の目がこちらを向いた。「こちらこそ、お迎えにも上がらず申し訳ありません。何分、人手が足りないものでして」
「随分熱心に見てましたね」おれはホログラムを見上げた。「やはりあなたからしたら〈憎い敵〉ですか」
「特にそういうわけではありません」彼女は右の手首に巻いた腕時計を見た。「行きましょう。少し歩きます」
そう言って、おれの前を通り過ぎていった。おれも後に続いた。頭上からは、砂漠谷三姉妹の声がまだ降ってきた。
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