6−2

 目指すのは、ジェット・コースケ氏がおれから盗んだアイデアで描いた漫画を出した出版社だ。おれは一度も仕事をしたことはないが、電話で担当者にジェット氏の住所を訊いている。その時の記憶もしっかり残っているから、証言者捜しに役立つだろうと、濃川捜査官は見込んでいるらしかった。

 それにしても、と坂道を上りながらおれは思った。いくら捜査に有用だと見込んでいるとはいえ、同僚でもない男と二人で行動して平気なのだろうか。大体、刑事というのは二人一組で行動するのが基本なのではないか。ネットで検索しても、最近の刑事は事情が変わったという情報は見当たらなかった。だから、一番手っ取り早い方法をとることにした。前を行く現役の刑事に尋ねるのだ。

「はい。本来は、二人一組で捜査に当たらなければなりません」彼女は前を向いたまま答えた。「ですが、我々の部署は人員に余裕がないため、例外的に単独行動が認められています」

「危なくないんですか? 訪ねていった先で襲われたりとか。今だって、おれが後ろから飛び掛からないとも限らない」

「一通りの武術は身につけているので大丈夫です。並の成人男性であれば、素手で昏倒させることが可能です」

「ああ、そう……」恐らくはったりで言っているのでないことは、動物的直感でわかった。

「試してみますか?」彼女が肩越しにこちらを見た。

「いや結構」おれは言った。話の方向を変えるべきだった。「それにしても大変ですね。今時、こんな風にわざわざ色んなところへ出向かなきゃならないなんて。直脳できれば済む話なのに」

「公用でのネットワークの使用は禁止されていますので」

「まあ、さもありなん、か。でも、サーバにアクセスできないんじゃ仕事にならないでしょう」

「全て自脳で完結させています。元々、人間はそのように生きていましたから」

「おれみたいな〈脳なし〉は?」

「そもそも警察に入れません。試験ではねられます」

「なるほど」よしんば固い仕事を目指したとして、警察官になる道は最初から閉ざされていたわけだ。「ちなみに、そんな仕事をしているとプライベートで脳をオンラインにするのに抵抗を感じたりはしませんか?」

「これは取材か何かですか、漫画家としての?」

「すみません。本物の刑事さんと話す機会なんて滅多にないのでつい」

 小さな溜息が聞こえた。

「わたしはナノマシンを入れていません。もちろん、全脳摘出もしていません」

「〈生脳ナマ〉ってことですか?」思わず声が大きくなった。恥ずかしさはあるが、それを驚きの方が上回った。街中で絶滅危惧種の鳥を見つけたような気分に近かった。「今どき珍しいですね」

「家の意向です」

「随分古風な家柄なんですね」

「そうであったらよかったのですが」彼女は解せないことを呟いた。こちらが問い返す前に、声が続いた。「わたしからもいいですか?」

「どうぞ」

「電化率百パーセントだと、やはり便利なものですか?」

「どうでしょう。施術を受けたのは物心つく前で、こうなる前の記憶はないですからね。較べようがありません」

「人生に於いて得したことは?」

「それは皮肉ですか?」

「すみません。単純な好奇心です」

 そうこうするうちに、おれたちは目的地に到着した。

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