第17話 師匠

マーズの持つ馬車の中に俺はいた。

あの村を出発して数時間、師匠のいるらしい森の中へと進んでいた。


「どんな人なんだ?その剣の達人ってのは」

「変人だな、そうとしか言えないな」


変人、か。

ド田舎の更に勉強に住んでいるくらいだからたしかに変人なんだろうが。


こんな交通の便が悪いような場所にいるのだ。

普通の人ではないのだろうが。


そうして一件の家が見えてきた。


「あれが師匠の住む家だ」


馬車が止まり降りると


「では、話は通してある。私はこれで帰るよ」

「うん」


マーズにお礼を言い帰るのを見届けてから俺は家の方に歩いていく。


コンコンコン。

ノックをしてみるが、出ない。


「留守か?いや、話は通してあると言っていたし普通はいると思うんだが……」


その時


「ふぅ……」


後ろから声が聞こえた。

振り返ってみると黒髪の女が歩いてきていた。


あの人が師匠か?

俺は駆け寄って声をかけてみた。


「あ、あの今日からお世話になるはずのクロノですが」


話は通してあると言っていたしこれで伝わるはずだが、と思っていたら急に険しい顔を作る女。


「ん?クロノ?知らんな」


そう言って女はスタスタと歩いていく。

この人師匠じゃないのか?


それにしても俺のことは無視なのか、と思いながら一応着いていく。

ここにいるということは関係者だろうし。

それに聞きたいこともある。


「師匠はどこに?」

「いないのか?家に」

「は、はい。いないようでした」


ノックをしても出てこなかったことを伝えると。

この人はノックをすることもなく家の中に入っていく。


「待っていろ」


そう言って彼女は入っていたので俺は家の前で待つことにした。


どんな人なんだろうなぁ、とか思いながら待つこと数分。

家の中から若い男が出てきた。


「お前がクロノか。マーズから話は聞いてる」


思ったよりマトモな人がでてきた。


そんなことを思いながら俺は頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします」

「何故頭を下げる?」

「え?」


俺は頭をあげた。


「俺はお前に何かを教える、とは一言も言っていないし弟子を取るつもりもない」


え?

ど、どういうこと?


マーズ?

話を通してくれたんじゃないのか?


「帰れよ。ここはお前の来るところでは無い」


そう言って家の中に入っていこうとする師匠らしき男。

ど、どうしたらいい?


パニックになった俺はとりあえず引き止めることにした。


「ま、待ってくれ」

「待ってくれ?待ってください、ではなくてか?」


うぐ……どう答えたらいい。

しばらく迷ったが、訂正するようなことはしなかった。


「待ってくれ」


俺がそう言ってみると表情一つ変えない師匠。

少なくとも間違った対応はしなかった、と受け取っていいか。


「俺に剣を教えてくれ」

「50点、だな」


そう言って家の中から出てくる男。


門前払いにはならなかったようだ。


「話だけは聞いてやる。俺はゼノン」


そう言ってからゼノンは黒髪の女に目をやった。

目でお前も名乗れと言っているのは分かった。


「私はゼノンの下で学んでいる。名をシズル、と言う」


と名乗ったシズル。

彼女はゼノンに目を向け


「私は今日はこれで」


そう言って家の中に入っていく。

残された俺とゼノン。


「残り50点。何が足りないか分かるか?俺はお前に剣を教える気などサラサラない」


俺を見てくるゼノンに答える。


「剣を教える必要などない」


ゼノンは確かに教える気は無い、とそう口にした。

この男は剣を教えるつもりは無い。


先程シズルも言っていた。


『ゼノンの下で学んでいる』


あいつは教えてもらっていると言わなかったし、師匠と呼んだり敬ったりしている様子はなかった。


つまり一般的な師弟の関係ではない、ということだろう。


そこから導き出した答えを俺は口にした。


「あんたから技を盗む。弟子になるつもりもない。教えてもらうつもりもない」


そう口にするとフッ、と口許を歪めたゼノン。


「悪くない。いいだろう。名を改めて聞こうか」

「クロノ」

「分かった。クロノだな。先も言った通り弟子を取るつもりはない」


そう言って家の中に入っていこうとするゼノン。

中に入りながら振り返りこう言った。


「お前を仲間として受け入れる。欲しい技術は見て盗め」


そう言って中に入っていくゼノンを追いかけた。


本当に変な人だな。

仲間として受け入れるなんて。


中に入るとシズルと名乗った女が俺を見て驚いてからゼノンに声をかけていた。


「ゼノン、まさかその男を受け入れるのか?」

「俺が受け入れると言った。お前が何か言うことでは無い」


ゼノンがそう答えると俺を見てくるシズル。

俺と言うよりは俺の手に視線が注がれていたが。


「こ、この男の奴隷紋が見えないのか?」

「それがどうした。どうでもいい」


そう言うとゼノンは家を出ていった。

残された俺とシズル。


シズルが俺に口を開いた。

とんでもなく機嫌が悪そうな顔をしていた。


「奴隷、しかも紋付がゼノンの技を盗む、か」

「なるほど、差別主義者か」

「無論。お前達奴隷など見下されるべき存在だ」


この女とこれから先暮らしていくのかと思うと気が重くなる。

マーズの知り合いの知り合いだからと言って良い奴とは限らない、というわけだ。


「汚らわしい紋付がこの家に入り込むなど」


そう言い残してシズルは自分の部屋に入っていった。


紋付か。

奴隷紋の付いた人間をそう呼ぶ奴もいるが久しぶりに見たな。

それにしてもすごい差別主義者だ。


そう思いながら今日の夕飯を食べていないことに気付いた、その時外に出ていっていたゼノンが戻ってきた。


その手には何かの肉が握られていた。


「クロノ。やるよ、ボアの肉だ」


そう言って俺に渡してくるゼノン。

既に調理してあって直ぐに食べ始められるようになっていた。


「どうだ?シズルとは上手くやれそうか?」


居間の椅子に腰を下ろしながら聞いてくるゼノンに首を横に振る。


するとカカカと笑った。


「あいつは典型的な差別主義者だからな。お前の手を見る時の顔、すげぇことになってたからな」


そんな話をして肉を食べ終わるとゼノンが話しかけてきた。


「明日の分の依頼もある。今日は早めに寝ろよ」

「え?依頼?」


仲間として受け入れるとは言っていたが、ゼノンが受けるようなクエストに俺が同行するのか?

足を引っ張るだけな気もするけど。

そのことを伝えると


「その辺は考えて難易度を下げてある。Bランクの依頼だよ」


全然下がってなくね?!!!!!!!


「まぁ、そう心配すんな。今日は寝て明日死なないようにしろ」


そう言ってゼノンも部屋に入っていく。


「……」


俺も寝るか。

ゼノンが受けてきてしまったわけだし、仲間としてここにいる以上は俺も行く必要があるだろうし。


死なないように頑張ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る