第16話 取引

村に戻り俺は助けた奴隷の子に原石を使いヒールしようとしてみたが


「だめか……」


俺にはヒールの才能がやはりないようで原石を使っても無理だった。


少女の容態的にも少し試行錯誤するくらいの時間はあるだろうから試してみたのだが、そろそろ危険かもしれない。


原石をマーズに渡してヒールを彼女にお願いする。

見ていると次第に癒え始めた少女の体。


それを見てから俺はマーズを連れて家の外に出た。

何が言いたいかは察してくれていたようで彼女から切り出してきた。


「顔を見てればわかるよ。もっと強くなりたい、そう言いたいんだろう?」


お見通し、という訳か。

それ以上の言葉は言わずに俺は頷いた。


「思えば初めて君を見た時からそうだった。表向きは諦めているように見えるけど、その内には秘めた思いがあるような、そんな目をしているんだ」


そう言って俺を見てくるマーズ。


「世襲制、この帝国では特に強く根付いているものだが、君はそんなものをひっくり返す勢いで強くなりたい、そう願っているのだろう?」


この世界では強さこそが全て。

前世では金こそが全てな世界だったが、この世界ではそれが強さに変わっただけ。


俺には血筋も才能も家柄も何も無いただの奴隷だ。


でも俺には一つだけ他の人間にはないものがあるはずだ。

それは転生者、という立場。


これがアドバンテージになるかは分からない。

でも魔法は転生者の方が優位という話だし、きっと剣術もそうだと思う。


この世界では思ったように体を動かせる。

だから想像力が豊かであればある程、動きに幅が出ると思う。


「強くなりたい」


マーズの顔を見て、ただ一言だけそう口にした。


泥臭いかもしれないけど男として生まれたからには、俺は強くなりたい。


何より剣を振るのが楽しいと、そうも思う。


「君ならそう言うと思ったよ」


そう返してくるマーズは軽く笑っていた。


「クロノ。覚悟はあるか?」

「もちろん」

「私は貴族と、言ったね。勿論色んな繋がりがあるんだ。その中には剣の達人と呼ばれる人との繋がりもある。その人に合わせてあげてもいい」

「ほ、ほんとうに?」


それが本当なら俺は今より強くなれるだろう。


「条件がある」


条件?

何なんだろう?


「君がもし剣の使い手として名をあげることが出来たのなら奴隷の待遇について改善するように帝国側に意見して欲しいと思う」

「なれたら、ね。そんなことでいいの?」

「あぁ。よろしく頼む」


そうか、マーズの目的を思い出していた。

奴隷の待遇改善。


マーズの狙いは一貫してそれだけだったな。


「でも、なんで俺に?」

「私は君に可能性を感じているからだ。君ならきっと高みに登っていける、と。そう信じているから」


俺にはイマイチそういう事が分からないけどマーズは俺に何かを見てくれているそうだ。


「元奴隷である君が高みに登ることが出来れば、世襲の考えを否定できると思うんだ。だから君が強くなることに意味がある」


なるほど。

奴隷の中にも優秀な人間がいるかもしれない、と思わせることが出来れば今の奴隷の待遇を改善させられるかもしれない、とそういうことか。


だから俺にこれだけ協力してくれるのかもしれない。


「それで、その達人と言うのは?」

「田舎の更に奥の森で暮らしてらっしゃる」


またすげぇ辺境に住んでいらっしゃるものだな。


「クロノさえ良ければ近日中にでも出発したいと思っているが」

「俺も早い方がいいな」


若い時の時間は貴重だ。

歳をとってくれば吸収が悪くなる。


だから俺は一日一日を無駄になんてしたくない。


「決まり、だな。明日にでも出発しようか。私も君の成長を早く見たいんだ」


準備をしておいてくれ、とそう言い残して彼女は別荘に戻っていく。


特に俺は持ち物もないし準備なんて必要ないがルゼルには話を通しておこう。


ルゼルの部屋に入った俺は早速彼女にこれからのことを伝えた。


「ルゼル、俺は説明した通りその人の下で修行したい、とそう思う」

「うん。いいと思う」


そう答えてくれたルゼル。


「私はどうすればいいかな?」


そう聞いてくる彼女。

ルゼルはこの世界で奴隷として生まれてきた女の子。


自由なんて知らないせいでここに来た今も日々何をしたらいいのか分かっていないらしい。


「それは君が決めればいいさ」

「で、でも、何をしたらいいか分からない」


そう答えるルゼルに俺は口を開いた。


「魔法でも習えばいいんじゃないかな?」

「魔法?」

「うん。ルゼルも奴隷だ。そんなルゼルが魔法を学びたいってそう言うとマーズなら許してくれると思う」


マーズが欲しいのは奴隷から高位の剣士や魔法になれる存在。

ルゼルに可能性を見出してくれるのなら、そのための投資は惜しまないはずだ。


「魔法……私が?」

「うん。俺には才能がなかったけどルゼルにはあるって話だし」


俺にはそこまで魔法の才能がないらしいけどルゼルにはあるそうだ。

だからマーズも悪いようにはしないと思う。


「う、うん。マーズにお願いしてみる」


俺は頷いて部屋を後にしようとしたが


「今度いつ会えるかな?」

「さぁ?分からないけどお互い成長しているといいな」


何はともあれここでルゼルとはしばらくの別れになるだろう。


元々ルゼルが俺についてくる必要なんて何一つ無かったわけだし。


ここからは俺に振り回されずに自由に生きて欲しいと思ってはいるが。


「うん。私も頑張る。それでいつかクロノの役に立ちたいって思う」

「別に俺の役に立つ必要はないんだぞ?好きに生きていいんだから」

「違うよ。好きに生きてクロノの役に立つの。私クロノのことが好きだから」

「そうなのか」


俺は勘違いしていたようだ。


イヤイヤながらルゼルが俺に着いてきているのかと思っていたが、ルゼルは俺に着いてきたくて着いてきているようだ。


「私はクロノと一緒にいたい」


と、真っ直ぐに俺の目を見て告げてきたルゼル。


もうルゼルの気持ちは充分に伝わってきた。


「だから私も強くなる」

「期待してるよ」


俺はそう言い残してルゼルの部屋を出た。


明日から剣の達人と呼ばれたほどの人との稽古がおそらく始まる。

今日は早めに寝て明日に備えないとな。

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