第15話 狙い

「条件を変える。私が勝てばお前を殺す。それでいいだろ?紋付。奴隷の、しかも紋付の貴様が刃向かった人間が誰なのかを考えればそれくらいが妥当であろう」


バッカスの言葉に頷いた。


「それでいい」

「く、クロノ?!」


呼び止めてくるマーズ。


「わ、私が結婚すれば済む話ではないか」

「やめてくれ」

「え?」


こんな男を人の上に立たせることだけは避けなくてはならない。


「それだけは認めない」

「クロノ?」


そう言い俺は剣を抜くとバッカスに促した。

先程の模擬戦でデータは集めてある。


一方的にやられることはないだろう。


「はっ、貴様。ほんとに私に勝つつもりなのか?」


頷く。

勝てもしない勝負を挑むほど愚かでは無い。


「勇気と無謀は違う、ということを教えてやろう。貴様の魂に。この世に生まれたことを後悔させてやるぞゴミ」


剣を抜くバッカス、即座に火蓋は切って落とされた。


「はっ!」


バッカスの剣を剣で受ける。


「模擬戦とは違うぞ?奴隷。これより行われるのは決闘や模擬戦ではない。一方的な殺戮であり虐殺だ」


黙って集中する。

俺とバッカスでは剣を持っていた期間が違う。


向こうは俺よりも何倍も高い技術を持っているだろう。


「貴様に虐殺というものを教えてやるよ、ゴミ」


数度の攻撃をやり過ごす。

全ての攻撃が重く速い。


だが、目で追えない程では無いし耐えられない程では無い。


「これが、幼少期から兵士として育成された男の剣技だ」


振り下ろされる剣をひたすら受け流す。


「防戦一方ではないか!泣いて許しを乞うがいい!許してやるつもりはないがな?!許しを乞うても無駄、ということだ!」


確かに俺は戦いが始まってから数分間の間、ずっと押されていた。

このままでは押し切られるのは時間の問題だろう。


そこで一気に俺は飛び下がった。


「一旦距離を取ろうというのか?無駄だ!無駄無駄!」


バッカスが距離を詰めながら振ってきた剣を横にステップして避けたながら剣を振ったが、


「ふん。当たるかよ奴隷」


バッカスが回避行動を取ったため当たらなかったが、ズボンのポケットの部分が少し破れていた。


「これで終いじゃぁぁぁぁ!!!!」


飛びかかってくるバッカスの剣を受けてついに耐え切れず剣を滑り落としてしまった。


「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


迫り来るバッカスの剣。

その前に俺はバッカスの懐に入り込んだ。


(たしか、こうだったよな?)


うろ覚えだが右手でバッカスの胸ぐらを掴み、左手は適当な場所を掴んだ。

背負い投げをするのだ。


「お?な、何をしている貴様!」


喚くバッカスをそのまま思いっきり背負い投げしてみるが、思ったより飛びずにすぐ近くに叩き落としてしまったが。


「はっ!そんなもの効くか!!!」


直ぐにバックステップしながら体勢を立て直すバッカス。

その時


「シャァァァァァァ!!!!!!」


下からデスワームが大口を開けながら飛び出してくる。


「ぎ、ぎぃやぁあぁあぁぁあぁ!!!!!!」


またその口で噛まれたバッカス。


「な、何故急に!!!!!!!」


そう叫んでいるバッカスの体にどんどんとデスワームの牙が突き刺さっていく。


俺はそれを見ながら先程までバッカスが立っていた場所に移動すると、地面に落ちていたキラリと光るものを回収した。


「そ、それはクリスタルの原石か?!!!!」


血まみれになりながら聞いてくるバッカスに頷いた。


「俺はお前の避ける方向を事前に読んでポケットが切れるであろう位置に武器を振った」

「ど、どういうことだ?!初めから私を狙った訳では?ガァァァァァァァ!!!!!」


どんどんとデスワームにその体を飲み込まれようとしているバッカスに答える。


「そうだ。俺は初めからマトモに戦うつもりなんてなかった」


まだ俺は力不足だ。

そんな俺が幼少期から訓練を受けてきた兵士であるバッカスに真正面からぶつかって勝てるかどうかは分からなかった。

だから、デスワームに処理してもらう事にした。


「お前ぇ……逃げ回っていたのはここに誘導するためだったのかぁ」

「そうだよ」


視界の端でデスワーム達がフロアの隅っこで地面の中に潜っていくのは見えていた。

でも俺達を襲ってくる様子は見えなかったので、まだこのフロアの隅っこの方にいるのではないかと思い、バッカスを誘導して投げ飛ばして飛び出させた。

そうしたら案の定出てきてこの通り。


「わ、私の負けだ!ひ、ヒールする!助けてくれぇ……!!!」

「そんな必要ある?」


俺の手にはクリスタルの原石がある。

これがあればマーズのヒールでも十分にあの子を回復できるはずだ。


クリスタルと呼ばれる鉱石は所有者の力を大幅に増幅させる機能がある。

知っている話だ。


「お、お前ぇぇぇぇ!!!!」

「この世界じゃ誰がいつ死んでも不思議では無いからな」


奴隷たちが呆気なく死んだように。


今までも散々見てきたことだ。


特に奴隷は不衛生な環境で病気になって死ぬやつも多かった、が。


「それがあんたの番になったってだけだよ」

「ガァァアァァァアァ!!!!!!!し、死にたくな……」


バッカスは完全にデスワームに食われてしまった。

完全に食べたデスワームと俺の間で視線が交わったが先に視線をデスワームが逸らしてまた同じように地面に潜っていった。


こっちに襲ってくる様子は見えない。

赤いデスワームはここのボスだったように思う。

そのボスを倒した俺達に極力近寄りたくないんだろう。


死んでいくバッカスを見送って俺はマーズの近くに戻って


「とりあえずここから出よう」


俺は一人生き残っている重症の少女を抱えた。


「ま、待てクロノ」


その時マーズに声をかけられたがどうしたんだろうか。


「そ、その友人の遺品などは、いいのか?いたんじゃないのか?」

「不要だ。死んだ者は帰ってこない。それよりも今生きているこの子の命が最優先だ」


そう答えて俺は歩き出す。


この最奥のフロアを出る前に一度だけ振り返った。

寝かされた奴隷の周りに集まり始めたデスワーム達。


同じものを見て俯くマーズに俺は呟いた。


「これがこの世界さ」


俺はそう呟いてフロアを出て地上を目指す。


弱いものは死ぬしかない。


生き残りたければ強くならなければならない。


改めてそう認識する。

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