第12話 腕試し

「バッカス、どうしたんだ?」


マーズとバッカスが話し合うのを俺は黙って見守ることにする。


「この前我々がデスワームに襲われた件でデスワームに大事なものを持っていかれてしまいましてね。それで、近いうちにその大事なものの奪還作戦を行うのです」

「大事なものというのは?」


俺が気になったことを聞いてくれるマーズにすんなりと答えるバッカス。


「クリスタルの原石、ですよ」

「それはたしかに大事なものだな」

「それをデスワームから取り返す必要があるのです。そこで、この村で戦える人間を連れていきたいのですが」


そう言われて考える素振りを見せるマーズ。


悩んでいるようだな。

バッカスに協力するのはシャクだが、ここで反対するのもそれはそれでまずいことになりそう、だと思っているのだろう。


「その奪還作戦はいつから始めるつもりだ?」

「早ければ明日にでも、と考えていますが。開始までが遅れれば遅れるほど、原石の紛失の可能性が上がります」


クリスタルの原石。

それ1つで小さな街なら買えるほどの価値がつくと言われているものだ。


そんなものを紛失してしまえば帝国にとってどれだけの損害になるか……は分からないが。

少なくともバッカスは降格処分を受けたりするだろう。


「協力してもらえますかな?」

「仕方ない」


そう言って俺を見てくるマーズ。


「出られるか?クロノ」

「あ、足引っぱらないかな」

「大丈夫。自分を信じればいい。それに危なくなれば私もフォローに入る」


その言葉が聞けたし俺もマーズに恩返しをしたいと思っていたので頷く。


バッカスに協力するのはシャクだが、仕方ない。


「そのガキが、ですか?」


しかしバッカスとしては俺の見た目からして弱そうだと思ったのか鼻で笑う。

そして俺の奴隷紋を見た。


「奴隷紋。知らぬわけではありませんよね?マーズさん?」

「剣は教えてある。最低限は動けるはずだ。というよりこの村に戦える人間はほとんどいない」

「消去法、というわけですかな?」

「それもあるが、彼は強い」


マーズはそう言ってくれるがバッカスは認めなかった。


「そこの小僧。私と模擬戦をしよう」

「え?」

「マーズさんの期待を裏切るなよ?」


ニヤッと笑うバッカス。


「バッカス。私はそこまで教え込めていないぞ」

「どの程度できるか、見るだけですよ?」


と口にするバッカス。


バッカス相手にどこまでやれるかなんて分からない。


これでもバッカスは帝国のお偉いさんから俺達の監視を任されていたエリートだ。

正直勝てる気がしない。


それだけの実力差があるだろう。


「も、模擬戦にならないぞバッカス」


俺の代わりにマーズが言ってくれるが、バッカスの気は変わらないようだ。


「模擬戦になるかどうかを聞いている訳では無いですよ。それにマーズさん。あなたに聞いている訳では無いのです」


そう言って俺に目を向けてくるバッカス。


「奴隷、やるのかやらないのか、どっちだね」

「や、やるさ」


俺はそう答えると笑い始めるバッカス。


「奴隷紋を刻まれた分際でこの私に歯向かうなど愚かだなお前は」


完全に俺を舐め腐った態度をとるバッカス。


「言っておくがお前が勝てるなどと微塵も思っていない」


そう言いながら鞘に収めたままの剣を握るバッカス。

帝国支給の武器は鞘に収めた状態だと模擬刀のように殺傷力のない武器として運用ができる、という話は聞いたことがあるが。


「奴隷、お前は抜き身でいい。ハッ。どうせ貴様の剣は私に届かないからな」


完全に俺が勝つなんて事は1ミリも考えていないバッカス。

俺は、それでも剣を抜いた。


まだ勝負は決まっていないし始まってすらいない。


「さぁ、好きなタイミングで始めたまえ」


自分からは攻めないアピールをするバッカス。


俺も剣を握りしめて、地を蹴った。


「ふん、甘い」


1番得意な振り上げて振り下ろす動作を行ったが。

バッカスに軽く受け止められてしまった。


「奴隷にしては速さも重さも申し分ないが。しかし帝国内でも上位に入ると呼ばれた私には及ばんな、ヌッハッハ」


俺の剣は容易く弾かれたが。

もう一度踏み込んだ。


「ほう。二発目か」


また受け止めて弾かれた。

正直分かっていたことだ、こうなるなんてこと。


でも、だからって引き下がりなんてしない。

何度も何度も俺は剣を振り下ろす。


今までやってきたように。

鉱石をピッケルで掘り出すように何度も剣を振り下ろした。


「なんだ……?」


そうしているとバッカスの顔が少し歪んだ。


「紋付の一撃が少しずつ重くなっているのか?」


そう言いながらも俺の剣を受け続けるバッカス。

俺の振り下ろしとバッカスの剣が交わった回数は既に100も見えてきた、というところだったがその時変化が起きた。


ピシッ!!!


そんな音が鳴った。


「な、なんの音だ?」


首を傾げるバッカスの視線がバッカスの剣に注がれた。

俺も一瞬だけチラッと見たが。


「ば、馬鹿な。私の……軍の支給剣の鞘にヒビが?」


そう言っているバッカスに更に剣を振り下ろすと、相変わらず受けてくるバッカスだったが。


ピキっ。

ピシピシビシピシと音が鳴り。


「なっ……鞘が……」


バッカスの鞘が砕け散った。

残骸はバラバラと下へ落ちていく。


その瞬間も俺は逃さずに剣を振り下ろそうとしたが


「待てよ」


バッカスが止めに来た。


「合格だ紋付。まさか軍支給の鞘を壊されると思わなかった」

「え?」


俺は動揺した。

聞き間違えか?


今バッカスはなんて言った?


ご、合格って言ったのか?


こいつが?


そんなことを思っていると


「お前は力を見せた。いいだろう。作戦のメンバーにお前を加えることにしよう」


そう言ってマーズと向かい合うバッカス。


「面白いものを見せてくれましたなこの奴隷は」


そう言って話し合う2人。

俺は呆気に取られていたが。


(バッカスが、あの嫌な奴のバッカスが俺を認めた?少なくとも作戦に参加できるだけの力はあると……認めた?)


俺の頭の中ではその事実だけがグルグルと駆け回る。


マーズと話し終わったのかバッカスが俺に目を向けてきた。


「この軍の支給剣の鞘が壊される、という話は聞いたことがないが、お前のその壊れるまで殴ってやるという意思はしかと私に届いたぞ奴隷」


そう言ってくるバッカス。

俺はこいつを勝手に嫌な奴だと思っていたが、


「紋付、お前を認めてやる。作戦への参加を頼もう、よろしく頼むぞ」


俺を認める、とたしかに口にしたバッカス。


あ、あの嫌な奴だったバッカスが俺を認めた。


俺は知らない内に自分の手を見ていた。


(お、俺が……自分の手でバッカスに自分の実力を認めさせた……のか)


そう思った俺は、静かな高揚を覚えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る