第10話 紋章
ウルフが燃えたのを確認して俺は声の聞こえた方向に目をやった。
そこに立っていたのは長い金色の髪を持った女の人。
その人が燃え盛る剣を右手に持っていた。
そして、その右手の甲には
(剣の紋章……)
この世界には才能ある者には生まれつき紋章と呼ばれるものが刻まれることがある。
この人は剣の才能を示す、剣の紋章を手の甲に刻まれていた。
俺たちの方に歩いてきて俺の手に目をやった。
「奴隷紋……奴隷か」
そう言いながら近付いてくる女の人。
「助けてくれてありがとう」
咄嗟のことで敬語が出なかった。
でもそれを咎めるような様子が見えない。
「気にしないでくれ。私の仕事さ、クロノ」
そう言って歩き去っていく女の人
名前も聞けなかったな。
って、なんで今俺の名前を?
村の人……じゃないと思うんだけどな。
そんなことを思いながらマーズの待つ村に戻ることにした。
村に戻り俺は依頼の完了を伝えてからさっき会った女性について話した。
「会ったのか?あの人に」
「うん、知ってるのか?」
「知ってるよ。彼女は剣聖の一人さ」
「え?」
サラッと告げられた事に俺は驚いた。
「なんでこんなところに剣聖が?」
「彼女は帝国の今の奴隷の扱いに不満を抱いてくれていてね。それでこうしてたまに会うことがあるんだ。私の客人としてここに来ていたのさ。今帰って行ったがね」
と、あそこに何故いたのかを説明してくれるマーズ。
まさか自分が剣聖に会えるなんて思ってもいなかった。
すげぇ……剣聖ってすげぇんだな、そんなありきたりな感想というか言葉しか出ないけど。
「彼女、君の話をしたらえらく興味を持っていてね」
何で興味を持ってくれたのかは分からないが、あの人が俺の名前を知っていたのはそういう事だったのか。
それより俺は改めて思った。
あんな人みたいになりたいって。
今日、俺には目標が出来た。
「マーズ。俺はやっぱり冒険者になりたいって思う。あんな風に俺も誰かを助けられたらなって思ったよ」
「そうか」
特に何かを言うでもなく黙って俺の話を聞いてくれるマーズ。
「クロノ。君が望むのであれば私は君に剣を教えたいと思っている」
とそう言ってくれたマーズ。
「え?いいの?」
「もちろん。私はゆくゆくは奴隷を解放して彼らに色んなものを与えてあげたいと思っている。それと一緒だよ。私は君に剣を教えてあげたい」
そうなんだ。
この人は俺に剣を教えてくれるのか。
でも、具体的にはどんな感じなんだろう。
「剣を教えると言ってもここで?」
「そうだね。とりあえずここ、になるけど。ゆくゆくは君が望むなら王都に行ってそこで教えたい、と思ってるよ。ここじゃ環境がよくないからね」
やっぱり剣術にしても何にしても環境というものは大事なんだな。
たしかにここじゃ特に練習にならなさそうだし。
そうしてルゼルに目をやるマーズ。
「ルゼルはどうしたい?」
「私はひーらーっていうのをしてみたい。クロノの役に立ちたい!」
「分かった。それなら私も教えられるから一緒に教えるよ」
と、ルゼルの面倒も見てくれるようになったらしい。
ほんとにマーズには頭が上がらないな。
俺はマーズにお礼を改めて言って彼女と一緒に今日の訓練を受けることになった。
「いいかい?剣の持ち方から教えるね」
とマーズが俺に丁寧に剣の持ち方を教えてくれた。
「こ、こうかな?」
初めてちゃんと教えてもらったことに不安を覚えながら俺はこれで合ってるかどうかをマーズに聞いた。
「そうそう、その調子だよ」
そんな返事を貰えて俺はマーズの言われた通りに素振りしてみる。
「やっぱ筋がいいね。ピッケルを振ってたからだと思うけど、かなり筋がいい」
「あ、ありがとう」
褒められるのなんて初めてだ。
だから照れくさくなりながらもお礼を言う。
ルゼルの方もマーズに教えて貰いながらヒールの練習をしていた。
俺はマーズに言われた通り素振りする。
何度も何度も
(俺はピッケルじゃなくて剣を振れてる……今から初めてどこまで上達出来るかなんて分からないけど)
俺は自分が出来る分だけ……上達できる所まで努力することに決めた。
やがて日が暮れた。
「さぁ、終わろうか2人とも」
結局マーズは俺達に付き添ってくれて、こんな時間まで練習に付き合ってくれた。
そうして俺達を案内してこの村の少し離れたところにある自分の別荘へと案内してくれた。
「すっごいおっきい、マーズってやっぱりお金持ちなんだね」
ルゼルの言葉に答えるマーズ。
「私の父上が貴族のお金持ちでね」
マーズは自分の立場を鼻にかけるようなことはなく俺達にこの別荘の部屋を与えてくれた。
ルゼルは疲れたと言うので先に自分に与えられた部屋に向かった。
「ほんとに何から何までありがとう」
「気にしないでよ」
そう言いながらマーズは俺の部屋の中に入ってきた。
「ごめんね。君のこともう少し知りたいと思うから、この紙に記入してくれないかな?」
そう言って俺を机に座らせると紙を渡してきた。
適当に見る感じ、なんの紙かは分からないが名前を書く欄があった。
「得意な魔法や武器なんかを書いてくれるといいんだけど、まだまだ分からないだろうからとりあえず名前だけ書いてくれるかな?」
そう言われて俺はマーズからペンを受け取った。
そうしながらマーズは色々と説明してくれた。
この世界のことを色々と。
で、俺は名前を書いたのだが、それを見たマーズの顔が歪んだ。
「ど、どうしたの?」
「やっぱりか」
そう呟くマーズ。
何が?やっぱりなんだろう?
そう思って俺は自分の書いた名前を見た。
そこに書かれてあったのはやはり俺の名前だが
(やばい。日本語書いた)
この世界で使われている言語ではなく日本語で名前を書いていた。
「前々から疑問に思ってたんだよ。クロノのことは」
そう言って俺を見てくるマーズ。
「奴隷の割に敬語が上手すぎる、って思ってた。転生者だよね?」
そう聞かれた。
どうやらこの世界には転生者、という概念があるようだが。
「そうだよ。俺は転生者」
日本語を書いてしまった以上もう言い逃れは出来なかった。
俺は素直に自分が転生者、だということを打ち明ける。
「でもそれが何か?」
「いや、なんでもないよ」
と答えてくれるマーズ。
そう言えば、と話題を変えるように俺は気になっていたことを聞く。
「俺たちが落ちた砂漠の件だけど、他に生き残りは見つかった?」
マーズは他の生き残りの捜索を自分の部下に行わせていたようだが。
首を横に振った。
「残念ながらデスワームに食われた、と思ってもらっていいだろうね」
「そうなのか」
「すまないね」
「仕方ないよ。それは」
気まずくなったのか、部屋を出ていくマーズを見送る。
別にそう責任を感じる必要もないんだけどな。
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