第8話 奴隷紋の剣士


「貴様らその女を拘束しろ」


バッカスは奴隷に指示を出す。

するとルゼルを拘束しようと、ジリジリと近寄ってくる元仲間達。


その中にはダイスの姿もある。

ルゼルを拘束しようとしているんだ。


泣き出しそうなルゼルの手を掴んでスグそこにあった出口から横穴を出る。


だめだ……こいつらは……。

マトモじゃない。


バッカスに心まで支配されきっている。


「ね、ねぇ……クロノ……どうしよ……」


ジリジリと下がることしか出来ない俺達。

反対に迫ってくる奴隷達。


俺達の築き上げてきた関係なんてしょせんはこんなものなのかと思い知らされた。


でも、内心では分かっていたことだ。

人間同士の繋がりなんてしょせんこんなものだ、ってことくらい。


そう思いながら見ていると一人の男が前に出てきた。


「クロノ。そいつを渡せよ」


そう言ってくるのはダイスだった。


「ダイス?」


こいつのこんな態度に違和感を覚える。

こいつに言われるとは思わなかった。


「こう言わなきゃ分かんねぇかよ?紋付。早く渡せよその女。それで肉食おうぜ肉」


確信した。

裏切ったのはこいつだ、と。


あんなちっぽけな肉に釣られて俺たちを裏切った。


まぁ、別に何とも思わないけど。


俺もこいつを信用なんてしてなかったし、話してないことなんていくらでもある。

しょせん、その程度の仲。


俺はルゼル以外のことなんてそこまで信用していなかったし。


「ルゼル。俺を信じて飛んでくれるか。腰に必死にしがみついててくれ」

「……ここから?」


怖いのだろう。

ギュッと震える手で俺の腰に捕まってくる。


落ちれば即死間違い無しの断崖絶壁が後ろには広がっているのだから。


でも、もう飛ぶしかない。


「覚悟を決めてくれ」


奴隷の全員を倒して駆け抜けることはできると思う。


でも、バッカスには勝てないと思う。


あいつはキッチリとした教育を受けてきた人間。

そんな奴に何も知らない俺が勝てるなんて思わない。


「うん」


しかし、その時だった。


「シャァァァアァァアァァァ!!!!!!!!」


俺たちの背後、下からモンスターの声が聞こえる。


それと同時に響く何かを叩く音と衝撃。


「ぐっ……」


地震のような揺れを感じながら何とかバランスを取るが。


「くっ……何だこれは」


これはバッカス達にとっても予想していなかった事であったらしく、この揺れには戸惑っているのが視界に映った。


「デスワームが崖に突進しているのか?」


下を見ると微かだが、デスワームが壁に向かって突進しているのが目に入った。

今回は迂回して、砂漠を横断しない上の道を通っていたが、すぐ下にあるのはデスワームが生息する砂漠。


そこでデスワームが俺たちのいる崖に向かって突進を繰り出していた。


「シャァァァアァ!!!!!」


数度の突進を経て、地面に亀裂が入る。


今日は雨が降っていた、そのせいで地盤も緩んでいたし、更にはデスワームの突進、という組み合わせだから亀裂が入るのも分かる。


一瞬にしてそれを理解した。


(まずい……)


思った時には遅かった。

崩れ始める俺たちの立っている地面。


「うわぁぁぁぁああぁぁぁ!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!」


俺達を含む奴隷、それからバッカス達が崖崩れに飲まれた。

だが、この中で俺だけはつい先程まで崖を飛ぶ覚悟をしていた。


ひたすらしがみついてくるルゼルの力を感じながら空中で砕けて落ちていく岩を蹴りながら横に飛んだ。


それから


「っ!」


渾身の力で剣を崖に突き刺す。


ズガガガガガガと崖を剣が削りながら滑りながら落下していくが、


「はぁ……」


やがて、落下の勢いを殺すことに成功して宙に浮かぶ。

一方で、こんな事ができなかった奴らは直ぐに砂漠に落ちていってデスワームに襲われ始める。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


下ではデスワーム達による食事が始まっており地獄絵図が広がっていた。


視界の端でバッカスですら崖崩れに飲まれて頭を打ちながら落ちていくのが見える。


「ど、どうするの?ここから」


腰にしがみついているルゼルからの質問に答える。


「とりあえず場所を選んで降りよう。悪いんだけどここから上に戻るのは無理だ」


「わ、分かった」


力強く頷くルゼルを見て俺はそのままゆっくりと砂漠に降りていく。


その降りた場所には


「だ、誰、ですか?」


少女が座っていた。


俺たちの身に付けているようなボロ布ではなく、普通の服。


何でこんなところに一般人が?

と思ったその時


「シャァァァァァァァ!!!!!!!!!」


一匹のデスワームが砂の中を半身を出しながら泳ぐように迫ってきていた。


「く、クロノ!来てるよ」

「俺が出る」


そう言って剣を持って前に出ようとした時



「ど、奴隷紋の剣士……?」



女性がそう口にしていたが、特に気に止めることも無く走ってデスワームとの交戦を開始する。


目の前に現れた俺に噛み付こうとしてくるデスワーム。


「とりあえず、様子見だな」


その動きを観察しながら攻撃を避ける。

ゲームみたいに、敵の行動パターンを覚える。


俺が立っていた位置にはデカい噛み跡が残された。


その後も何度か攻撃してきたが全て同じ動作から繰り出されるこの噛み付き。


「シャァァァァァァァァァァ!!!!!」


再度同じ噛みつき攻撃をしようとしてくるデスワーム。


「何度も同じ動きをするなよ?」


その攻撃を最小限の動きで避けて


ザン!!!!!!!!


砂の中に顔を突っ込んだデスワームの首筋の辺りを剣で縦に斬り裂いた。


激しく噴き出す鮮やかな赤い血液。


「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


痛そうに叫ぶデスワーム。

よし。


俺の攻撃は効いているようだ。

だが、今の一太刀で首を切り落とせなかったのは痛いか、そう思っていたら。


俺を見てくるデスワーム。

それから


「シャァァ……」


俺の顔を見ながら後ろに後ろに、と下がっていき。やがて全力で逃げていった。


それを見届けてからルゼルの近くに戻った。


「クロノ、この人怪我をしてるみたい」


ここにいた女の人について説明してくれるルゼル。

その説明を受けて俺は女の人を背中に乗らせるとそのまま砂漠地帯をとりあえず抜ける。


「あ、ありがとうございます。あなたは命の恩人です」


お礼を言ってくる女の人。


「別に大したことじゃないよ」


ここに来るまでに聞き出したがどうやらこの人は解放軍の人らしく俺達の移送を襲撃しようとしたがデスワームに反撃を食らってあそこにいたそうだ。


「デスワームを倒してしまうなんて、凄腕の剣士なんですよね?」

「俺はただの奴隷だけど?」


正確にはもう奴隷ではないだろうけど、それでも剣士でもない。


「え、そ、そうなんですか?!」


何やら信じて貰えなさそうな気配だが。


「ほら、奴隷紋あるでしょ」


そう言って自分の奴隷紋を少しだけ見せる。


「し、失礼しました。本当に奴隷なのですね。でも初めて見ました、奴隷紋を刻まれた剣士なんて」


女の人に適当に答えながら考える。


とりあえず砂漠地帯は抜けた。


女の人をその場に下ろして今日はここで夜を明かさないかということを提案した。


誰からも反論は出ない。

焚き火をしてから周囲にある木の実を取って軽く火を通してから食べる。


そうしていると話しかけてくる女の人。


「私はあなたは凄腕の剣士になれる、とそう信じています。なんというかそんな雰囲気をあなたからは感じます」


世辞だろうけど嬉しかった。


この世界に転生してからは世辞でも褒められたことなんてなかったから。




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