第7話 移送


移送の準備が始まる。

勿論準備を始めるのも俺達奴隷だが普段の鉱石採掘を考えれば全然マシな仕事内容だ。


移送とは言えしょせん俺達は奴隷なので歩きで移動するのだが。


「全員準備は終わったな?」


バッカスの声にここに集まった奴隷全員が頷いた。

そうして進み始める。


「楽しみだね。これからのこと」


隣を歩くルゼルが話しかけてくる。

その時にギュッと俺の手を握ってきた。


「私はどんなところでもクロノと一緒ならそれで嬉しい」


そんなことを言ってくれる。

すごく嬉しくなってくるな。


そう思いながらやることも無いので空を見上げてみた。


「天気、悪いね」


そう話しかけてくるルゼル。


「そうだな」


俺たちの門出を祝ってくれるような晴天ではなかった。

空に広がるのは青い空ではなく暗雲が立ち込めている、灰色の空。


「雨が降るかもしれないな」


雨天演習で使っていたレインコートを取り出すとルゼルの頭から被せた。


「被ってなよ」

「わっ……い、いいの?」

「ルゼルの体調が悪くなると大変だからさ」


そう言っておく。

俺は雨に当たるのは慣れてるし。


しかし、まぁ本当に天気が悪いな。


「何も起きないといいけどな」


そう思いながら俺はそのままルゼルと話を続ける。


いつも仕事をしていた鉱山地帯も今はもう見えなくなった。


そんな時バッカスが口を開いた。


「これより険しい道を通ることになる。踏み外さぬように付いてこい」


険しい道?


前を見るとそこにはすぐ横に崖がある細い道が待ち構えていた。


下は断崖絶壁で落ちたら死ぬだろうと思わせる崖。


踏み外したら即死か。

しかしなんでこんな道を?


マーズの話じゃこんな道を通るなんて聞いてないのに。

雨で更に日も暮れ始めている中かなり視界の悪い悪路を進んでいく。


その道中でバッカスが口を開いた。


「お前らはなぜこんな道を通らなければならない?と思っているかもしれないな」


そうバッカスに聞かれて奴隷の何人かは点数稼ぎのためか、否定し始める。


「何やら奴隷解放軍とやらが最近活動しているらしくてな。その目を避けるためにこのような悪路を進むのだ」


そう語るバッカス。


まさかマーズ達の計画が漏れていた?

でも、そんな様子は見えなかったけど。


そのまま歩いて通路にポッカリと空いた横穴に入っていくバッカス。


「一旦休憩することにする。あぁ、お前らは立っていろよ。奴隷なのだからな」


自分たちだけ休み始めた。

俺たちは勿論言われた通り立っているしかないわけで。


「美味いな。このメシは」


横穴で食事を始めるバッカス達。


焚き火で何かの肉を焼いていく監視。

そんな光景を見せられるだけの俺達。


今日の食料の配布は行われていない。


「おいしそう……」


誰かが呟いた瞬間。その反応は連鎖していく。

それを見て口を歪めるバッカス。


「我々も鬼では無い」


まずそう言って焼きあがった肉をわざとらしく見せつけてくるバッカス。


「食いたい者はいるか?」


そう聞かれて欲しがらない奴はいなかった。


しかしバッカスもそんなことは分かっていた。


こいつは知っていて俺達で遊ぼうとしている。


「さて、欲しいのならばそうだな。対価を払ってもらおうか?」


続けるバッカス。


元々性格悪そうな顔だが更に性格悪そうな顔を作る。


「貴様らの中で赤髪の貴族に接触した人間はいるのではないか?」


マーズのことだ。


こいつ……まさか。


「あの貴族の嬢ちゃんはここの事を知らずに純白の服を着てこんなところに来ていた。一目見れば貴族だと分かる服装だ。何か言われた者はいないか?あの女に」


情報を、俺達から引き出すつもりだ……こいつ。


「さて、どうする?何か知っているのならば早めに言った方がいいぞ?」


そう言って肉をナイフで切っていくバッカス。

初めはそこそこ大きかった肉も、切られて親指程しかない肉の一切れになった。

その一つを突き刺して見せてくる。


「食いたいだろ?情報を出せば、くれてやろう。これをな」


その時ルゼルが俺を見てきた。

耳打ちしてくる。


「ね、ねぇ……」

「だめだ」


本末転倒だ。


そんなこと話してしまえば俺たちとマーズが立ててきた作戦が全てご破算になる。


「お肉……食べてみたい……」

「我慢してくれ。分かるだろ?」


ルゼルの頭を撫でてなだめる。

あんなもの、ここさえ出られればいくらでも食べられるはずだ。


あんな小さな肉の欠片ごときで話なんてできるわけない。


「今夜は冷えるぞ。熱いものを食ってそれで体を温めたいとは思わんのかね」


俺たちの欲望を刺激してくるバッカス。

やがて欲望に耐えられなくなったのか、一人バッカスに近寄っていく。


そしてバッカスに耳打ちした。


「女の見た目を聞いているのでは無い、もっと別の具体的な話をよこせ」


そう言って肉を渡されずに追い返される男。


マーズが不特定多数に言いふらしていないのなら現状、全てを把握しているのは俺とルゼルだけ、だが。


「遠慮する必要は無いぞ。奴隷解放と言っているがこのような悪路を進むのは結果的に奴らのせいなのだからな。存分に情報を売るがいい」


そう口にしたバッカスだったが、その後有力な情報は出てこなかったようだった。


「貴様ら全員壁を向いて立て」


言われた通りに俺はルゼルを横に連れて立ったまま壁に目を向けた。

そうやって俺達がお互いの姿が見えなくなってからバッカスが口を開く。


「これで誰も見ていない。一人で肉を食いに来てもバレないのだぞ?」


そう口にしたバッカスだが、もう誰も情報を出せないだろう。


そのはずだ。


そう思っていたのに、一人分の足音が聞こえた。


(誰だ?まだ何か話せるやつがいるのか?まさかルゼルか?でも俺の横の気配が動いた感じはしないんだよな)


そう思っていたが、振り返ることは許されていなかった。


ここで振り向けば監視達に攻撃されるだろう。


「ふむ。素晴らしい情報だな。肉をくれてやろう」


バッカスがそう言った後に一人分の足跡がまた俺達の方に戻ってきたのが聞こえた。


「全員視線を戻せ」


そう言われ俺達は壁に向けていた目をバッカスに戻す。


「わ、私じゃないよ」

「分かってるよ」


ルゼルは俺の左にいたのに、足音は右から聞こえた。


絶対にルゼルでは無いのは分かっていた。

俺がそう思っていると、バッカスが口を開いた。


「この中に奴隷解放軍と手を組み脱出を考えた奴がいるようだ。今日この日に。お前は仲間に裏切られたんだよ。話を聞かせてもらおうか」


バッカスはルゼルを指さした。

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