第6話 これで最後
翌日。
俺はいつものようにピッケルを握り締めて採掘をしていた。
「なんだかワクワクしてきたな」
今日が終わって明日の夕方にはもう次の採掘場に向かうのだから。
そしてその道中で俺達は襲撃されて逃げ出すことが出来る。
この奴隷生活ともおさらばだ。
「あの子を幸せにするんだ。ルゼルを」
ずっと俺に付いてきてくれたあの子。
幸せになって欲しい。
本当にそう思うし俺は幸せにしてあげたい。
妹みたいな存在で俺の生きる意味でもあった。
「本当は剣聖を目ざしたかったけど」
幼い頃、この世界の現実を理解するまでは剣聖に憧れていた。
でも俺は奴隷と過ごす内に光を失って希望も夢も持たなくなった。
三流、二流と呼ばれる冒険者ですら子供の頃から既に練習を始めているというのに、俺はピッケルを振っていただけなのだから。
剣聖はおろかEランク冒険者ですらなれるかどうか怪しいだろう。
それが俺の現状だ。
だからその事に気付いてから夢なんて希望なんて持たなくなった。
俺はこれでも前世で何十年と暮らしてきたからそういう現実を受け入れるのは他の子供より早かった。
だからとっととピッケルだけを真剣に振り始めた。
誰よりも早く。
「ふぅ……」
額を伝う汗を拭った時、昼休憩が入った。
「なぁクロノ」
パンを食べていると話しかけてくるダイス。
「どうしたんだ?」
「ディーノの野郎が死んだんだってな。良かったじゃん」
「あぁ、本当にな」
「演習中の事故でお前だけ生き残るなんて、神様ってのも見てるもんだな」
本当は俺が殺しただけなんだがな。
当然ダイスは知らない。
勿論言うつもりもないが。
俺は一応ダイスに明日のことを話すことにした。
「ダイス。俺は明日逃げ出すよ」
「逃げ出す……?どういうことだ?」
「奴隷をやめる」
「やめれるようなもんなのかよ?見つかれば殺されるんだぞ?それよりはここで大人しくしてた方がいいだろ」
「いや、俺は逃げるよ。ここから」
そう答えると何も話さなくなったダイス。
こいつを俺の計画に巻き込むつもりはない。
言った通り見つかれば処刑だし。
「ま、多分お前とは明日でお別れだからさ。言っておこうと思って」
昼休憩が終わった、そう言い残して俺は実質ラスト一日の作業に取り掛かる。
ラストだと考えると気持ちが楽になり、この作業もやる気が出るというものだった。
今日の仕事も無事に終わり俺は家に帰るとルゼルを連れて川に来た。
「明日だね」
ルゼルの言葉に頷く。
外じゃ誰が見てるか分からないから踏み込んだ話はしないが。
今日も川で泳いでいる魚を取る。
魚をルゼルに渡すと木の枝に通して焼き始めてくれた。
自分の分も取って焼き始める。
「結局最後まで手を出さなかったねクロノ。今日も私とはしないんだよね?」
「当然だよ。そういうのは好きな人とやるべきだよ」
「私は好きだからクロノのこと」
「どのみちあんな汚い部屋でするつもりないよ」
そう答えるとそばに寄ってくるルゼル。
食事を終えて俺は家に帰る前にバッカスの家の近くを通ってみた。
中からは肉を焼くジュージューという音が聞こえてくる。
「一人だけいいもの食べてるよねー」
横にいたルゼルが呟いたのが聞こえたのか扉が開いてバッカスが顔を覗かせた。
「やらんぞ。薄汚いゴミ共めが」
俺たちを見下してくる。
この男とも明日でお別れかと思うと何だか寂しく……ならないな。
嬉しさしかなかった。
そう思っていると一発俺をぶん殴ってくるバッカス。
「とっとと帰れよ、ネズミ共が。飯が不味くなる」
そう言ってバッカスは扉を閉めた。
「ご、ごめん。私が声出しちゃったから」
「気にしないでくれ」
ルゼルに答えて俺達は帰ることにした。
木の家、通気性は悪いし雑な作りのせいで雨が入ってくるし虫なんかも大量に入ってくるし。
でも
「こことも明日でお別れだ」
「クロノはさ、明日からどうするの?」
「俺か。そういうルゼルこそどうするんだ?」
そう聞いてみると俺の目を真っ直ぐに見つめてくるルゼル。
「私はクロノに好きになってもらいたい」
そう言ってくる。
まさかそんなド直球に言われると思わなくて返事に困るが。
「クロノはどうするの?」
「恥ずかしい話だけど聞いてくれるかな?」
俺はルゼルに剣聖になりたいことを伝えた。
俺達男の憧れ、それが剣聖だった。
「ルゼルを守れるようになりたいんだ。ルゼルがもうこんなところまで堕ちてこなくていいように、さ」
そう言うと顔を赤くするルゼル。
そんな彼女に続けた。
「でも俺は奴隷の子だった。だからきっと剣聖にはなれないだろう。だからさ。普通に剣士として冒険者を目ざしてみたい、って思うんだ」
俺も立場を弁えている。
剣聖になんてなれるはずもないってこと。
でも普通の剣士くらいには多分なれるかもしれない。
だから、それが目標だ。
「冒険者?」
「うん。モンスターを倒したり素材を集めたり、そんな冒険者になりたいって思うよ」
「なれるよ。クロノならきっとなれるよ。私応援するから」
そう言ってくれるルゼルに微笑んで
「ありがとう。頑張るよ」
明日へのワクワクが抑えきれない。
でもまだ逃げられるって確定したわけじゃない。
本当の勝負はここからだとも言える。
そろそろ切り上げて明日に備える。
「さて、俺は寝るよ。ルゼルも早く寝なよ」
「う、うん」
そう言って俺の横にワラを持ってきて横になるルゼル。
俺はそんなルゼルに挨拶をして寝る。
明日は失敗できない。
絶対に逃げ切ってみせる。
そう誓う俺だったがこの時は知らなかった。
黒い影が迫ってきていることを。
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