第5話 問題発生と即刻排除

移送まで残り2日となった。

また雨が降り雨天演習となった。


俺と組むのはまたディーノ達だった。

そのディーノが演習中に俺を呼び出した。


もうそろそろお別れとはいえ一応敬語で話す。

文句を言われても面倒だからだ。


「何してるんですか?ディーノさん。監視されてるかもなんですよ?」


こんなところで無駄口叩いてないでさっさと演習を進めたいのだが。


「ばーか。こんなとこまで監視する訳ないだろうが」

「そもそも何で呼び出したんですか?モンスターの討伐は?」


こんなことしてる暇があるのなら少しでもポイント稼いだ方が有意義だろう?と思うが。


昨日のことを話し始めるディーノ。


「昨日、召集をかけられたな?2日後に移送がある、とかどうとかって話だ。いくら紋付のお前でもそれくらいの話は覚えてるよな?」


いちいち嫌味なやつだ。


俺と会話する時はいちいち俺を貶さければならないとかそういう決まりでもあるのかと聞きたいくらい。


「それが?」


改めて話すようなことでもないと思うが。


ディーノがニヤッと口元を歪めた。


「あの後にお前の横にいた女を見たんだよ」


俺の横にいたのはルゼルだ。


でもルゼルがどうしたんだ。


「それが?」

「中々上玉じゃねぇかと思ってな。決めたよ。移送の時、俺がもらってやるから移送前に俺に渡せよ。あんな上玉がお前の死に際に巻き込まれるのは気の毒だろう?ギャハハハハ。俺のおもちゃにしてやる」


大声を上げて笑うディーノ。


だが俺は反対に冷静で落ち着いて考えていた。


こいつに移送前にルゼルを渡さなくてはならない?

それだけはダメだ。


はぁ……。


あと2日だっていうのに何でここでこんな問題を起こすのかなぁ、こいつは。


「なんだぁ?紋付、その睨むような目つきは。口の利き方と俺様への目つきは教育してやったはずだがなぁ?」

「あの子に手は出させない」


キッパリとそう言う。


ディーノに渡せばルゼルが幸せになれないことくらい、はっきりと分かる。


そんな俺を見て笑うディーノ。


「はっ。紋付のカスのお前如きが何をするつもりだ?」

「止めるのさ、お前を。ルゼルは渡さない」


ルゼルを引き渡す、それだけは何があっても許されないことだ。

もう、こいつの事は完全に敵だと認識する。


今までは特に害がないなら最後まで放置しておこう、と思っていたが。


たった今から即刻排除しなくてはならない存在だと認識を改める。


あと2日何もせずに黙ってくれていたらこんなことにはならなかったのにな。


残念だ。


「おい、紋付を抑えろ。その生意気な口閉じさせてやる」


取り巻きの2人にそう命令したディーノ。


ジリジリと近寄ってきたのを。


剣を抜き振ることで首を吹き飛ばす。


二人の切断面からは真っ赤な鮮血が飛び出た。


その血が俺の体を濡らしていくが、雨によって直ぐに流された。


その俺を呆然とした様子で見てくるディーノ。


「お、お前、正気かよ?」


急に落ち着いた様子で聞いてくるディーノ。


目の前で起きたことが理解できなかったんだろう。


俺も目の前でこうやって人を殺すやつを目にしたら一瞬戸惑うだろうから気持ちは分かる。


「紋付のカスが、何してんのか分かってんのか?」


言われなくても分かってる。

今俺は人を二人殺した。


でも、それだけだ。


「訓練中の事故として処理される。問題ないだろう?」


この演習は実際にモンスター達との戦闘を行うしフィールドの環境も悪い。


いくらだって事故は起きるしバッカス達もそれを調査するような真似はしない。


人数が減れば他所から奴隷を連れてきたらいい。

それだけだから。


「女を守るために二人殺すかよ?普通」


ディーノに首を横に振って剣を向ける。


何を勘違いしているんだ、こいつは。


「訂正しよう。二人じゃない。三人だ。まさか自分が生きて帰れるとでも思ってる?」


圧倒的格下。

この世界において最底辺のゴミカスと呼ばれる紋付にこうまで言われて怒らない奴はいないだろう。


それが例え同じ身分の奴隷だとしても。


「おいおいおい、男らしくなっちまってよぉ!」


そう言って迫り来るディーノ。

流石に奴隷の中で強い方の部類なため速いが。


普段からこいつに命令されて人よりも何倍も動いていた俺だからこそ目で追えて考えて体を動かせる。


それらの経験がどう動けば勝てるかを教えてくれる。


「経験の差が出たようだな。普段サボっていたのが裏目に出たな?」


逆にディーノはサボりが多いため俺の動きについてこれていない。


「っ?!」


しゃがみ込むと突っ込んできていたディーノの足を払う。


俺の足に引っかかってディーノは盛大に前につんのめってそのまま顔面から転けた。


「お、おい……嘘だろ……なんだその動き」


驚いているらしいディーノの右腕を剣で斬り飛ばす。


これで奴は利き手を失った。


もう容赦などいらない。


「がぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!!お、俺のぉぉぉ!!俺の腕がぁぁぁぁあ!!!!!」


そう言って左手で右腕の断面を抑えて暴れ回るディーノ。


吹き出る血が土を濡らしていく。


「な、何故だ!お前模擬戦の時はそんな動きしてなかったじゃないか!」


そう言って必死に残された腕と足で後ずさろうとするディーノを追う。


「こんな動きしたら、怒るじゃん?動くなよ、とか言って。面倒ごとが嫌だから黙って言うこと聞いてたの、分かんないかな?」


前世でいじめを受けたことがあるし、分かるんだよなそういうこと。


この手のヤツらは抵抗すると決まってそうやって口にする。


めんどくせぇから動くな、と。

そうだろう?


「ひ、ひぃぃぃぃ!!!!や、やめろ!紋付!やめろぉぉぉぉ!!!!」

「訓練中の事故で三人死んだ。そういう事にしておくよ。奴隷の三人死んだところで誰も何も思わない」

「や、やめてくれ!勘弁してくれ!命だけは!さっきの言葉も訂正する!あ、あの女には手を出さねぇよ!」


涙を流しながら必死に懇願してくるディーノ。


なんの感情も湧かなかった。


こいつを殺すことになんの躊躇もない。


「俺がお前の頼みを聞いてなにかメリットがあるのか?」


それ以上の言葉は待たずにディーノの顔面を剣で貫く。


剣を引き抜くとディーノの顔に大穴が空いた。


即死だろう。


「後二日。何もせずに大人しく黙っていたら死なずに済んだのかもな?」


もう誰も聞いていないがそう呟いた。


この場に三人分の死体を放置して残りの時間を過ごすことにしたが、手が震えていた。


俺には前世がある。


前世では人殺しなんてしてしまえば完全な悪として罰されていただろう。


それから考えてクズとは言え人を殺してしまったことについて無意識に感じているものがあるのかもしれない。


「人を殺したのか」


嫌いな奴だとは言え俺は人を殺した。

でも


「思ったより特に何も思わないな」


そう思う。


人を殺しても手が震えているだけだ。


これが無実の人なら、とかは思うけど殺したのがディーノだから、俺の心は本当に特に何も思わなかった。


「初めて殺したのがディーノで良かったよ」


よく復讐モノとかで聞くフレーズがある。


『そんな事したって誰も喜ばないし、お前も満たされない』


みたいな言葉。

あれは嘘なんだなってハッキリとわかった。


だって。


「これでディーノに絡まれる事はなくなったな」


心の中は安心感で満ちていたからだ。


「それよりも、俺ってこんなに実力付けてたんだな」


バッカスが担当している奴隷の中で最強格と言われていたディーノ。


そのディーノを俺はあっさりと殺せたのだ。


俺はディーノを殺せるくらいには実力をつけた、ということに満足感を覚えていた。


「そろそろ帰るか。もうポイントを貢ぐ必要も無いし」


降り続ける雨の中体についた返り血を落としながら俺はこの演習を終え山をおりる。


山道を一人で歩いてきた俺を出迎えるのはバッカス。


「他の3人はどうした?」

「モンスターに襲われ死にました。事故です」

「そうか。誰が死んだか分からんからこのリストの名前にチェックしておけ」


雨に濡れた紙を俺に渡してきたバッカス。


リストからディーノと他の二人の名前を見つけるとチェックをしてバッカスに返す。


文字の読み方なんて習ってないが、どれがあいつらのものなのかは不思議となんとなく分かった。


「ところで本当に事故か?」


そう聞いてくるバッカスに頷く。


「まぁどちらでもよい。他の三人を殺して帰ってきたのだとしても何も言わん。しょせん奴隷は奴隷。奴らの命の価値など道端に転がる石ころと同じ程度」


この世界での奴隷の価値は恐ろしく低い。


俺が殺したと答えても特に何か言われることは無いのだろうが。


「事故死よりも三人全員をぶち殺して帰ってきた、と答えてくれた方が興味が湧くが?顔と名前を特別に覚えてやってもいいぞ?」


俺を見てくるバッカスに首を横に振る。


こいつに顔を覚えられていい事なんて一つもないからだ。


バッカスの中での俺への評価なんて沢山いるうちの一人のモブ奴隷でいい。


ここに来るまでに考えていた死因を説明する。


「三人は先行して足を滑らせて崖から落ちて、頭を強打して死にました」

「お前からは血の臭いがするが?」

「事故です」

「欲のないやつだな。三人ぶち殺したとして地位を与えることも考えたが不要というわけか」


地位か、そんなものはいらない。

もうここから俺は抜け出すのだから。


奴隷をやめられるのだ。

今更欲しくなんてない。


「はい」


そう答えると今日の演習の報告を済ませて家に帰る。


残り数日。

大人しくしていよう。

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