第3話 重要な独り言

翌日も熱心に奴隷労働をしていると


「おや、君は昨日の」


と声をかけられた。

そちらを見ると昨日出会った貴族風の女の人が立っていた。


「昨日はどうも」


俺は手の包帯を見せながら礼を言う。


「ははは。こちらこそ感謝だよ。奴隷の現状を確認できて良かったよ。君が来てくれなかったらバッカスには白を切られていただろうからね」


彼女はここに来ている理由を説明してくれた。


「私は奴隷の今の扱いに不満を抱いていてね。それを改善させたいと思ってここにきた」


この国の奴隷の扱いの悪さの証拠を揃えて、他国に流して扱い方を変えざるを得ない流れにしたい、とそう語る女の人。


「で、でも何で俺にそんな話を?」

「君は使えると思ってね」


そう言って女の人は名乗る。


「私はマーズ。マーズ・エルン・ブランフォード」


ミドルネームだって?

やっぱりこの人随分偉い人だな。


インドラ帝国ではミドルネームは貴族以上でしか持てない。

そのミドルネームを持っているということは貴族だ。


「マーズと呼んでくれ。クロノだっけ?」

「はい。マーズさん、ですね」

「?」


不思議そうに俺を見てくるマーズ。

どうしたのだろう。


それを聞くと


「いや、何でもない」


と答えられた。

なんでもない事ないとは思うんだけど、と思うが相手は貴族だ。

さすがに突っ込めないな。


「実はね。昨日君のことをつけさせてもらったんだ」


という事は俺が昨日奴隷をやめるといったことを話していたことが聞かれていた、ということか?


「奴隷をやめたいんだろう?あの子と一緒に」

「……」


この人を信じてもいいのだろうか?

しかし俺なんてちっぽけな存在だ。


一人の奴隷を騙す理由なんてこの人には無いよな。


「そう疑わなくたっていい。別にバッカスに告げ口するつもりなんてないから」


俺の心を見通したように告げてくる。


「はい。俺は奴隷をやめたい。少なくともあの子、ルゼルだけでもやめさせてあげたい。幸せな人生を、自由な人生を送って欲しいと思ってます」


ルゼルは何も悪くない。

ただ奴隷から生まれたというだけで奴隷として生きている。


同じ人間なのに生まれてきた境遇が悪かっただけでここまでの待遇差なんて間違ってる。


「あの子に罪なんてない」

「自分よりもまず他人の幸せを考える、か。この極限化の状態でそんなふうに考えられるなんてすごいね。分かった、君の覚悟受け取ったよ」


そう言って彼女は続けた。


「ここからは独り言なんだが」


前置きした。

つまり聞いた情報を使ってもいいが、問題があった時自分は関わらない、ということか。


「一週間後、ここの奴隷は全員次の採掘場に移送することになっていてね。その時に奴隷解放軍が襲撃するという噂があってね。混乱に乗じて奴隷が何人か逃げるだろうなぁ、困った困った」


つまりその混乱に乗じて逃げ出せ、ということか。


一字一句聞き逃さずにしっかりと頭に叩き込む。


「襲撃ポイントは昼間はデスワームが出現すると言われている砂漠なんだが、ここを通ることになっていて、そこを襲撃されるみたいでね。西側に逃げると森が広がっているんだが、そこを抜けると小さな村があるんだよね」


めちゃくちゃ話してくれているな。

ありがたい話だ。


「その小さな村は逃げ出した奴隷をかくまってくれるって言われてる村でね。あー匿われたら大変だなー。っと独り言終わり」


それからもう一度俺の顔を見てくるマーズ。


「君が逃げ出せること、私は祈っているよ。勿論それを手伝ったりはしないけどね」


後は俺だけの力でなんとかしてくれ、ということらしい。


俺が独り言を盗み聞きして勝手に実行した、表向きはそうしたいのだろう。


俺もこれ以上この人に何かを求めることなんてできないし、これだけでもありがたい話だ。


「えー、分かりましたよ」


そう答えるとマーズは歩いていこうとしたが、俺はその前に一つ聞くことにした。


「マーズさんはいつまでここにいる予定なんですか?」

「ん?私?私はもう情報も集めたし今日で帰るつもりだよ?色々やる事があるからね」


そう言って歩き去って行くマーズ。

もう振り返ることはなく歩き続けていく。


俺も作業に戻ることにした。

ひたすらピッケルを振る。


あと一週間、それでこの生活も終わるんだ。


今日の労働も終わって家に帰るか、って時にダイスが話しかけてきた。


「クロノ、今日は残業の日だぜ」


残業、俺たちはこういう肉体労働の他にも一応モンスターや他国の兵士とかと戦えるように訓練を受けることもある。

それを残業と呼ぶ。


「だる……」


そう呟きながら俺はその残業をしに向かった。


残業で行われるのは基本的に対人を重視した訓練だ。

これは普段は会うことのない奴隷たちと合同で行われる。


ここに集まっているのは50人の奴隷。

そいつらと共に訓練を受ける。


訓練を仕切るのはバッカス。


「模擬戦を行う。二人一組になれ」


そう言われて俺はダイスではなく、いつも組んでいる大柄な男に目をやった。

そいつはニヤニヤしながら近寄ってきた。


「よう。紋付。俺とやろうぜ」


こいつはディーノ。


この50人の中で1番強い男だ。


その実力があるからこそ残りのヤツらを従えている。

俺は奴隷紋を刻まれた紋付というだけの理由で、こいつに目をつけられている。


この中に他に紋付はいない。

だから目立ったのだろう。


「今日も痛めつけてやるからなぁ?」


そう口を開いて俺は模擬戦という名の一方的な暴力を受けた。


「おらぁ!」


ディーノの鋭いパンチが俺の顔面を捉えた。


「けっ。立てよ紋付。もっと殴らせてくれよ。こんなんじゃ物足りねぇよ?」


そう言って俺を無理やり立たせると更に殴りつけてくるディーノ。

だが


(もう随分慣れたな、これにも)


俺はもう数年定期的にこの暴力を食らっているから正直痛みに慣れつつあった。

初めはルゼルに泣きついて慰められたこともあったけど、


(もう慣れたな。人間ってのは劣悪な環境でも慣れるもんだよな)


とか思いながら殴られていると今日の模擬戦が終了した。


「なぁ?クロノ」


俺の肩を組んでくるディーノ。


「俺腹減ってんだよ。持ってきたか?パン。モヤシのお前と違って体デケェから腹減るんだよ」


今日の配布でもらったパンをディーノに渡した。


「サンキューな?友達のいねぇお前にいつもいつも構ってやってんだから当然だよなぁ?ギャハハ」


パンを持っていくディーノ。

残業がある日はこうやって俺の分をこいつに渡すから腹が減る。


(くそ……逃げ出せたらこんな生活ともおさらばなのにな)


そう思うがあと一週間。


それさえ乗り切れば問題ない。


今日の残業が終わり俺はダイスと共に家の周りまで戻ってきた。

普段はディーノとは遠く離れた場所で過ごすから残業以外で顔を合わせることは基本的に無い。


「お前大丈夫かよ?」


ダイスが聞いてくるので頷く。


「別に大したことないよ。それよりパンを取られるのがほんとにきついな」


そう答えて俺は家に帰ろうとしたがダイスが口を開く。


「悪いな。助けてやれなくて」

「気にするなよ。もう慣れたさ」


もう何年もディーノに殴られ続けてるから慣れてしまった。


後は前世でもいじめられた事があるから、それで慣れているというのもあるかもしれない。


それにしてもこんなことで前世の経験が役に立つなんてな。

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