第2話 チャンスを探す

翌朝。隣で寝ているルゼルを起こす。


「起きなよ」

「ん、んぅ?」


そんな返事をして起きてくる。

眠そうだが奴隷の朝は早い。


「お、おはよう、クロノ」


そう言って起き上がってくる彼女。

勿論男女では力も違うので奴隷とは言えやる作業内容は変わってくる。


女の子は比較的軽作業に回される。


「昨日もしてくれなかったよね」


と俺を見てくるルゼル。


「疲れてるんだよ」

「むぅ……」


そう言って俺から目を背けるルゼル。


「好きじゃない相手となんてしたくないだろ?」

「わ、私は」


と言ってくるルゼルだが話題を変える。


「じゃあ俺先に行くから」


ルゼルに断りを入れて俺は先に部屋を出て今日も過酷な奴隷労働に向かう。


インドラ帝国からは剣聖が出ていない。

そのことを問題視した国は俺たちみたいな奴隷を使い鉱石をとにかく集め、より強力な武器を作り出そうとしていた。


それが俺達がこれをやらされている理由だった。

ピッケルを振って今日も鉱石を掘っていく。


「しんど……」

「ほんとだりぃよな」


ダイスも文句を言いながら掘っていく。


「あ、そういえばうちのとこの奴隷ちゃん妊娠したってよ」


と世間話をするように話しかけてくるダイス。


「へー、そうなんだ」

「だから移送だってさ」


これで妊娠した女奴隷は別の場所に移されて出産をさせてからまたここに戻ってくる。

正直本当に産むだけの機械なんだよな。女奴隷って。


「……俺はルゼルにそんなことさせたくない」

「ん?なんか言ったか?」

「何も」


別にダイスのことを否定したい訳じゃない。

正直俺だって何度も手を出しそうになったし。


でもその度に鋼の意思で乗り越えてきた。

ルゼルがそんな目にあうなんて俺には耐えられなかった。


俺は前世の記憶がある分そんな事当たり前だとは思えない。

だから、見ず知らずの子だったとしてもそんな風になると分かっていて手なんて出せない。


やり場のない怒りのようなものが湧いてきてピッケルを握りしめていた。


「お、おいクロノ?お、お前手から血が」


え?

ダイスの言葉に手を見ると、握りしめすぎて木の持ち手が破壊されていた。

その時にできた尖った木片まで握ってしまい手に刺さったらしい。


「すげぇ握力だな」

「いや、単純にガタがきてただけだよ」


このピッケルもずっと使ってきたものだ。

だから持ち手が弱ってた、それだけだ。


「ちっ」


俺は舌打ちしてピッケルを変えてもらうと伝えてバッカスのところに向かう。


「あれ?どこにいるんだ?」


バッカスがいそうなところを探してみたがいなかった。

どこにいるんだ?と思いながらもう少し探してみると食料を配布するところの椅子に座っていた。


いつもはこんなところに座っていないのに。


と思ったが、なぜこんな所にいるのかは直ぐに検討がついた。


隣に見覚えのない女性?がいたからだ。

客人だろう、そう思うだけで特に気にせずに近付いた。


「バッカスさん。ピッケルが壊れてしまいました」


バッカスは舌打ちしてガサゴソと近くにあったピッケル入れから代わりのピッケルを取り出して渡してきた。


「ほら。労働の喜びを味わえ。帝国のために働けるなんて奴隷のお前にはご褒美だろうが」


と、俺にピッケルを渡してくるバッカス。

受け取ると女の人が声をかけてきた。


「バッカス、この子手から血を流しているが」

「は、はぁ、奴隷なんだから血くらい出るかと思いますが」


あのいつも傲慢なバッカスが敬語を使っていた。


誰なんだろう、この人は。


一度もこの辺りで見たことないし、この辺の人でないのは分かるけど。


赤髪で貴族みたいな服を着ている女の人。


その人は俺の手を取ってきて、俺の手の甲に刻まれた紋章を見て呟いた。


「奴隷紋か。まだこんなものを刻んでいるのか」


この世界の奴隷には手の甲に奴隷紋と呼ばれる紋章が刻まれることがある。


刻まれる基準は不明だが、ルゼルの手には無い。


奴隷紋を刻まれた人間は紋付もんつきと呼ばれて、同じ奴隷の中でも馬鹿にされたり不遇扱いを受ける。


それほどまでにこの紋章は不名誉なものだ。


女の人の口は震えていた。

怒りに震えているらしいが。


「一生消えないんだぞ。この紋章は。いくら偉業を成しても奴隷だったというだけで、正当評価されない。これはその呪いを押し付けるものだ」

「知りませんなぁ。刻んだのは私ではありませんしなぁ?」


ニヤニヤ笑って答えるバッカス。

実際刻んだのはこいつじゃないし、こいつに文句を言っても仕方がない。


「こんなものを刻んでいるのは今も昔もこの帝国だけだ」


吐き捨ててから自分の服の一部を破って俺の手に巻いて包帯みたいにしてくれた。


「ちゃんとしておかないと雑菌が入るよ」


そうは言われてもここじゃ清潔な布も手にいらないんだよね。

とにかく感謝はしておこう。


「ありがとうございますお姉さん」

「ふふふ、気にしないでくれ」


そう言って彼女はバッカスと話し始めた。


「いつまでこのような扱いをするつもりだ?他の国もこの奴隷の扱いには納得していないようでクレームが止まらないのだ」


話を聞くにどうやら俺達の扱いの改善を求めているようだが。

それで話を聞くような奴らならこうはなっていないだろうな。


「し、しかしですなぁ、これは帝国側の意向なのですよ」


バッカスもバッカスで色々事情があるようだ。


さて仕事に戻りますか。



今日の労働も終わり家に戻ると既にルゼルがいた。

ルゼルの方が先に終わるのは珍しいな


「ルゼル、川に行かないか?」

「いくー」


そう答えた彼女を連れて俺は川に向かった。


「何するのー?」

「見てなよ」


俺はそう言って気配を殺して魚を取った。


「す、すごい!魚を手掴みするなんて!」


俺が捕まえるのを見てやりたくなったのかルゼルも真似しようとするけど、


「む、むりー。早すぎてむりだよー」


そう口にするルゼルを川から出させて魚をあげる。


「持ってて」


俺はそう言ってもう一匹捕まえて焚き火の準備をした。


「焚き火なんてしてどうするの?」

「焼くんだよ」

「うん。ぽーい」


そう言って焚き火に直で魚を放り込むルゼル。

焼き方を知らないのか?


「ルゼル。それじゃ焦げちゃうよ」

「え?え?じゃあどうするの?」


近くにあった木の枝を取ってそれで魚を串刺しにした。

それを立てて焚き火で焼いていく。


「こんな感じかな。こうすると綺麗に焼けるよ」

「わぁ!すごい!そうやるんだ!で、でももう取れないよ……こんなのに手を突っ込んだらヤケドしちゃう」


そうやってシュンと悲しがるルゼル。

既に放り込んだ魚を2本の枝で、箸のようして取り出す。


「わぁっ!ありがとう!頭いいね!クロノは」


礼を行ってくるルゼルに串刺しにした魚を渡す。


「これからは気をつけなよ」

「うん!」


そうやってお礼を言ってくるルゼルと一緒にご飯を食べた。

それから


「ね、ねぇ。クロノ」


俺の手を握ってくるルゼル。


「そろそろしてくれない?分かってるよね。私たち女奴隷は産めないと価値がないって」


女奴隷はそのための道具だという価値観が既に根付いている。

女奴隷の間では産んだ数が多ければ多いほどカーストが上がるとかいうよく分からない状態になっていることも。


「でも、それは奴隷だけの話だ」

「ど、どういうこと?」

「俺はさ。君にそんなふうになって欲しくない。絶対に間違ってる」


ルゼルの両手を握った。


そんな家畜みたいな存在になって欲しくない。


「ど、どういうことなの?」

「奴隷をやめれば産まなくたっていいんだよ」


前世の俺の記憶が訴えかけてくる、こんなこと間違ってるって。


「だから、とりあえず奴隷を抜け出そう」

「抜け出す?奴隷を?やめるってこと?」


ルゼルの言葉に頷いた。


決めた。この子をこの状況から救い出す、と。


例え、何をしてでも。


だが、どうすればいいかは分からない。

逃げ出すにしても、監視の目は厳しい。


どこかにチャンスはないのだろうか。

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